2010年12月26日

公的・私的イニシアチブによる貧困家庭への「クリスマス支援」

日本の「歳末助け合い運動」のように、デンマークでもクリスマス(日本でいうところの「家族で過ごすお正月」)をまともに過ごすことができずに、何らかの支援組織の金銭的援助を必要とする人たちが今年は例年になく多かった。金融危機の影響による景気の悪化で、失業者や離婚が増えたことにより、貧困家庭が増加したことが背景にある。「クリスマス三が日」が終わる今日、デンマークの貧困をテーマにし、日本の人々の年越しを応援したい。

このテーマで記事を書いている最中だったが、ちょうど今日日本では「サンデーモーニング」で「世界一幸福な国、デンマークの現実」といったテーマの番組が報道されたらしい。番組は見ていないが、ネットでわかるところでは「高福祉が依存と個別化を招いている」といった解説だったようだ。単純な「幸福な国」像(すべての人たちが毎日幸せに暮らしていると信じる人たちは、デンマークの政治家は日々国会で何をしていると思うのだろうか。)にも食傷気味の人が出てきているのは望ましいが、極端な姿でデンマークを現実以上にネガティブに描くのも公正ではないように思われる。デンマークについて、極端ではなくもっとニュアンスのある姿を伝えるため、これらについても少し誤解を解く記事としたい。

まず、デンマークのホームレス(定義が多少異なるため正確な把握は難しいが、国内に約5000人おり、そのうち路上生活者は500人ほど。国立福祉研究センターの報告書2009年)の多くは、薬物やアルコールなどにより精神障害を抱える者である。刑務所から出てきて住むところが見つからないケースもある。多くが生活保護等の公的援助を受けているが、それに伴う役所での面会義務などを嫌って、あえて給付を受けない者も少数いる。またデンマーク自治領のグリーンランドからきた者(同地では、伝統的生活習慣・精神構造が異なるが、急激な近代化が起きたために社会に適応できない人々が大量に生まれ、アルコール依存や子どもの性的虐待、自殺などの大きな社会問題を抱えている)や、EU圏の流動性により東欧からやってくる失業者やホームレスも少なくない。この厳冬の中でも、外国人ホームレスを宿泊させるシェルターには公金から援助を受けられないようになっている(2007年の法改正による)で、行き場のない外国人ホームレスは一部の私的なイニチアチブに支えられて何とかやり過ごしていることが、人権の観点から問題とする声もでている(Politiken,2010年12月5日)。

自殺/未遂者の典型的なものとしては、関心を引きたい10代が衝動的に鎮痛剤などを大量に服用するケース(多くが未遂)、あるいは精神病を抱える者による衝動的なもの、孤独な高齢者がうつ病を患っているといった原因が主なものだ(私も5年ほど現場で見てきたが、施設の高齢者が多少なりとも孤独を抱えるのは当然だろう。親しい友人や家族、身体的能力もを次第に失っていくのだから)。生活苦による自殺などというのは聞いたことがなく、その根本は日本とはまったく異質だ。デンマークでの昨今の貧困の増加や格差拡大は私もしばしば指摘しているが、これらを高福祉に帰するのは筋違いで、90年代からの新自由主義の論理がデンマークの政治場面に入り込んだことが原因だ。

社会に改善すべき問題があることは避けられない。しかしだからこそ、そこに批判や議論があり、よりよい方向に持っていくための人々の様々な努力とそれによる進歩の道がある。「デンマークから学ぼう」という熱意に応えるのは、「デンマークの人がどれだけ幸せに暮らしているか」ではなく、国内での議論のなかで「よりよい方向へ持っていくための努力と進歩を重ねる過程」だと考えている。それが拙著『デンマークの光と影』で意図したことのひとつだ。上記のテーマに関しても最新のものを詳述しているので、ご関心のある方にはぜひ手にとっていただければうれしく思う。

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2010年は「EU貧困年」だった。目に見えにくい「貧困」を問いに付し、可視化していこうという試みだったわけだが、皮肉なことに年末が迫りテーマはまもなく終焉を迎えるというのに、その重要性は増すばかりだ。デンマーク国内での貧困線を定めようという議論は、たびたび話題になってきたものの、いまだに合意を得ていない。OECDの貧困家庭の定義に則った平均所得の半分未満(122,000クローナ、約183万円)で暮らす人々は、デンマークに現在107,000人、うち子ども24,000人いることになっている。いつもよりも物入りの多いクリスマスになると、こうした人々が家族揃って温かなクリスマスを迎えるのには支援が必要となる。

タブロイド紙のEkstra Bladetデンマーク国民教会援助組織がいっしょになって始めたクリスマス支援プロジェクトには、総計5,603,843.67クローナ(約8400万円)の寄付が集まった。これで3,947家族が、500クローナ(約8000円)をクリスマスディナー代に、500クローナを子どものおもちゃ代に、500クローナをスポーツ用品代に充てることを前提だ。これだけの額を「数週間の生活費」としてではなく、クリスマスに使い切ってしまえというのは、一見贅沢に思える。しかし、考えてみると、ひとが貧困状況にあるときもっとも優先順位を下げがちな食事・子どもの遊興費・文化に目的を特化して、家族で温かなクリスマスを迎えるという「質」の部分に焦点を当てていることが読み取れる。

上記のデンマーク国民教会援助組織は一例だが、他にもこうした非営利援助組織によるクリスマス支援は救世軍母親支援の会など、いくつもある。人口の約3分の1が実際に仲間内でアソシエーション活動に参加しているデンマークでは、様々な目的に応じたアソシエーション(協会、組合、クラブ)が各地にある。会員はもちろんだが、会の活動として一般市民から寄付金を集める方法は広く普及しており、貧困家庭へのクリスマス支援もこうした非営利組織では「よくある活動」だ。500クローナ以上14,500クローナ未満(約8000円以上22万円未満)の寄付は税金から控除されることも、一般に割と広く知られている。団体からの寄付ももちろん大きいが、一般個人からの寄付もかなりの額になる点では、「歳末助け合い」が今も根付いているといえるだろう。ネットバンキングでの寄付、携帯電話で寄付メールといった手段がごく身近なことも挙げられる。

2009年のクリスマスプレゼントの一番のヒット商品は、デンマーク国民教会援助組織の「ヤギを贈ろう」キャンペーンだった。「あなたのクリスマスプレゼントの購入資金で、ヤギを1頭買い、アフリカの恵まれない家族に贈りました」というカードが、物の足りたデンマークの家庭で送り主ももらい主もうれしい贈り物となった。

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去年ほど話題にはなっていないが、今年もやっている。今年は不景気も深刻さを増し、開発途上国支援よりも国内の困った人を助けるほうに回ったようだ。

クリスマス支援の申請数は、10年前には4000家族だったというが、今年は史上最多の11,000の家庭・単身世帯が申し込んだ。そのため今年は、クリスマス支援で最大の救世軍でも、受給基準を厳しくし、18歳未満の子どもを持つ家庭を優先させるために単身世帯は支援を受けられないようにする話がでていた。7000世帯を助けることはできるが、4000世帯は断るしかないと見られた。しかし、12月1日に政府とデンマーク国民党で特別財源を充てることが決定され、クリスマス援助を行っている6つの大きな組織に対して300万クローナ(約4500万円)の「クリスマスプレゼント」が贈られた。救世軍にも120万クローナ(約1800万円)が出されたほか、初めて実施したYoutubeでのキャンペーン(マッチ売りの少女のようだ!それほど視聴されているようには見えないが…)やフェイスブックを使っての寄付を呼びかけるアピールも功を奏し、無事に援助を必要とする単身世帯やホームレスにも援助ができたようだ(救世軍HP)。



国民の間で、とくに子どもを持つ家庭に対する支援が幅広い合意となっていることが窺われるだろう。こうした物入り時の金銭的援助としては、子どもの多い移民・難民の家族などが対象となることが多い。しかし正月とは違って、クリスマスには(キリスト教の)宗教的要素が付きまとう。そのために、クリスマスを祝わないムスリムの家族にどうしてクリスマス支援金が出される必要があるのだという論点で(いささか外国人嫌悪的な要素を含みながら)批判する声もあることを同時に指摘しておきたい。

今年は「年越し派遣村」は開設されないとのことだが、それは改善の動きがあるためと解釈したい。
日本の皆様、どうぞよいお年をお迎えください!
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2007年09月17日

テロリスト/テロリズムとの闘い

日本でも、テロリズムとの闘いを掲げてテロ特措法や自衛隊派遣の延長などが安倍首相の進退を巡ってもキーとなっていたように、デンマークでもテロリズムとの戦いは各党の政策の中でも意味をもって受け止められている。とくに、先週デンマークでも初めてデンマーク国籍を持つ者を含んだ8人の若者がテロを目論見、ノアポート駅取った主要な場所を爆破することを予定していたとの理由で逮捕されたばかりであり、テロに対する警戒は強まっている。この逮捕された者たちの多くがコペンハーゲン北西のモスクに出入りする若者であり、このモスク急進ムスリムをリクルートする場所となっていたことがわかったため、現在はモスクに特別に注意を払うようになっている。

それと同時に、この9月15日をもって全てのEメール、SMS(日本でいう携帯電話のショートメールのようなもの)、そして電話の履歴が1年間保存されることが決まっている。テロに関することが起こった場合に、PETと呼ばれる特別警察がその犯罪の軌跡を追うことができるようにというのが理由である。しかしながら実情は、携帯電話もプリペイドカードを買ってかけた記録は、データが保存されないなどの抜け穴もすでに指摘されており、1年間保存される情報に残るものは全てテロに関係ない潔白なものであり、肝心なところは抜け穴を通るのではないかと有識者には指摘されている。

日本でも、テロリストの入国を未然に防ぐという名目で、入国する全ての16歳以上の外国人に対して、顔写真の提出と指紋の採取をもとめる法案(出入国管理及び難民認定法の一部を改定する法律)が成立しており、2007年11月までに施行されることになっており、すでにデンマーク在留日本人には通知がされている。テロという目に見えない敵に向かうために、全ての人に向けて猜疑心を向けねばならないというのは、現代社会の悲しい現実であり、残念ながらこの傾向は強まっていくものであろう。

昨年2月頃にデンマークで起こったムハンマド危機を覚えている方も多いだろうが、これと同様にスウェーデンでもラース・ウィルクス(Lars Vilks)がこの8月に新聞に預言者ムハンマドを犬の姿で描き、昨年のデンマークの二の舞になっている。アルカイダは、この絵を描いた画家、及び新聞の編集責任者を暗殺することに成功した者にそれぞれ10万ドル、5万ドルの懸賞金を支払うことを公にした。そのため、この画家と編集者はスウェーデン警察によって24時間の警護を余儀なくされている。アルカイダはその他にもスウェーデンに国としての謝罪を要求しており、それがなされない場合にはIKEAやボルボといったスウェーデン製品をボイコットすることを挙げている。

とくに、このところデンマークに存在するマイノリティのイスラム社会と、マジョリティであるデンマーク社会との分離は、平行社会(パラレル社会)と呼ばれ、平行線をたどり相互理解を阻んでいる。右派のデンマーク国民党による、北欧あるいはEU加盟国を除いた外国を全て排斥しようという動きに互いを敵視する動きが強まっているのは残念な傾向といえよう。未来に起こりうるテロリズムを未然に防ぐという大義のため、これからも特にイスラム教徒を中心とした移民排斥の動きは強まっていくものと予想される。
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2007年08月11日

欧州の喫煙制限の傾向とデンマークの新・喫煙法

アイルランドが、2004年3月に世界で初めて全面的に喫煙を禁止したのを始め、デンマークのお隣の国であるノルウェーやスウェーデンでも喫煙者にはかなり厳しい政策が取られるようになった。デンマークでもこれまでから議論の俎上には上っていた喫煙対策だが、いよいよ2007年8月15日をもって、職場、学校、公的機関、タクシーなどを含めた場で喫煙が一切禁止される、「新喫煙法」が発効する。個人のオフィスを持つ場合には、喫煙は例外的に許されるが、いずれの場合もすべての雇用者が、企業としての喫煙に対する姿勢を書面で示さなければならない。

職場はもとより、バーやレストランといった接客サービス業でも、一定の例外を設けつつも、「店員を健康被害から守る」という名目で全面的に禁煙となるため、店側では客足が寄り付かなくなることを危惧する声が上がっている。

しかしながら、サービス業には「一定の例外」があり、「食べ物、飲み物等を提供するスペースが40uの場合には対象とならない」というものがある。そのため、これまで広々としたスペースで営業してきたバーなどは、入り口付近にあったテーブルを移動させ、「飲み物を提供するスペースは38uだ」といった苦し紛れの主張で、法を守りつつも喫煙する顧客を手放さないようにする案を練っているのが現状である。もしも40uを超えるスペースとなる場合には、別に「喫煙室」を設けることが義務付けられる。

これらの規則に従わない場合には、罰金となり、金額は初回は2000kr.(約45,000円)、その後は5,000kr(約12万円)、100,000kr(約23万円)と罰金も上がっていく。今から、一つの灰皿に5krずつ積み立てて、来るべき時がきて罰金を払う際の積立金にしようとしているところもあるという(Politiken)。

しかしながら、スウェーデンの事例によると、例外を設けての喫煙制限には効果は薄く、実施するならば完全禁煙としないとならないといわれている。8月15日以降のレストラン・バーでの動きに注目したい。

そもそも、デンマークでは全般的な物価高の割には、ヨーロッパの中ではタバコの価格が高くないことが挙げられている。最も一般的な20本入りのタバコの価格をデンマーククローナに換算した場合だが、ヨーロッパの中ではノルウェーが最も高く61,5kr、英国が57,5kr、それからアイルランドの52,5kr、ドイツとスウェーデンの35krに続いて、デンマークでは31,5krとなっている。概して物価の安い南欧と東欧がその下に来るのは当然として、国としての喫煙に対する姿勢が比較的寛容なのはここからも見て取れるだろう。この計算では、日本ではせいぜい12krといったところなので、ヨーロッパ他国の姿勢が一般的見て如何に厳しいものであるかはわかるだろう。

今になって、喫煙そのものが議論の俎上に上がっているため、喫煙年齢を現行の16歳から18歳にあげようという声が産業側から上がり始めている。禁煙を勧めていく方向に見えるが、認可年齢を下げたところで他人を使って買いに走らせたりすることにつながれば、結局のところ実効性がないという理由で、これにはむしろ懐疑的のようである。価格の改定は、ドイツのタバコ価格との調整により行われることが協議で決まっているため(Politiken、2007年7月16日)、価格の上昇は十分にありえるが、これが喫煙者の減少につながるかは今後を見守りたい。

ちなみに、2004年のアイルランドでの全面禁煙政策は4万以上の職場で94%以上遵守されており、96%のアイルランド人がこの法案は成功だったという調査がでている。やはり「室内の喫煙全面禁止、喫煙室無許可」という厳しい法案があっての満足度といえようが、いずれにしてもヨーロッパ全般で喫煙者に対する締め付けは今後も強まっていくといえよう。
posted by Denjapaner at 02:10| Comment(0) | 社会政策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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