2010年05月16日

「毎日12分長く働けば、経済成長を適えます」

デンマークの政治では一党で過半数を獲得することは難しく、80年代以降は連立政権が当然となっている。現在の自由党・保守党から成る政府も、閣外協力するデンマーク国民党の議席数に頼らずしては過半数を獲得できない。現在政権についているリベラル政党は、通称「青ブロック」に、社会民主主義政党は通称「赤ブロック」に属し、ブロック毎に政策を練っている。

赤ブロックの野党はいよいよデンマーク政治の牽引役の交代を現実的と見て、来る政権獲得時の経済政策を練り始めた。来る次期政権は、社会民主党党首のヘレ・トーニング-シュミットをデンマーク初の女性首相と据え、社会人民党と単一リスト党の三党連立となる見込みだ。90年代の社会民主党政権では、赤ブロックと青ブロックの中間に位置する急進左党と連立してきたため、もし政権交代が実現すれば、初めて社会人民党や単一リストという赤ブロックの社会主義者たちも本格的に政策実行に影響力を持つことになる。

2007年の前選挙の際には、国会の179議席のうち赤ブロックは72議席、対する青ブロックは89議席(14議席はどちらにも非所属。残りの4議席はグリーンランドとフェロー諸島に2議席ずつ与えられており、外される。)を獲得し、赤ブロックが負けている。しかし3年ほど経った今の世論調査では、次期選挙では勝算が見込まれている。メガフォンとTV2が2010年4月23日に実施した調査では、社会民主党と社会人民党はそれぞれ45議席、30議席を獲得して、赤ブロックの中核となると見られている(ともに赤ブロックを構成する単一リストは7議席を見込まれている)。(ただし、このサイトではいくつかの世論調査の結果が比較できるようになっており、必ずしもすべての調査で赤ブロックに勝算があるわけではないようだ。)

現行政権は、240億クローナの財政赤字を訴えており、これを135億クローナの公共支出の削減によって適えることを目指しており、地方財政にもかなり厳しい改革を促しているところだ。それでも足りない、残りの105億クローナをどこから捻出するかは、2010年の夏以降に公表されることになっている。こうした財政難の背景には、世界金融危機だけではなく、2010年1月からの税制改革でとくに富裕層を対象としての減税を行い、(試算によると195億クローナもの)税収が激減したことも大きく関連している。赤ブロックの野党は、富裕層優遇の減税策が、結果として一般国民への福祉サービスの悪化などさまざまな弊害を生み出しつつあることを強く批判している。

現政権の経済政策を批判する赤ブロックは、自分たちが政権についたらどのように経済回復を図るかを具体的な提案として出したところだ。福祉サービスの悪化といった痛みを伴った改革ではなく、国民の一人一人が経済回復に貢献するようにと提示された代案、「フェアな解決策」である。(写真は、左が社会民主党党首のヘレ・トーニング-シュミット、右が社会人民党党首のヴィリー・ソウンダール)

Fair lsning.jpg

現政権の解決目標である240億クローナの倍以上となる、400から450億クローナの財源を確保し、赤字を解決するという触れ込みだ。こうした政策群の一部を紹介したい(金額は、財源確保の見込み額。全文はこちらのPDFで読める。デンマーク語)
・国民全員が週に38時間労働をする。140億クローナ。
・奨学金改革により若者の教育機関を半年短縮。20億クローナ。
・産業支援の見直し。
・失業給付を時代の趨勢にあったものに。給付期間を4年間2年間へ。60億クローナ。
・教育保障と生涯学習機会の充実。
・早期退職年金の変革。掛け金の引き上げなど。
・税改革。年収100万クローナ以上の層への更なる課税。タバコ、高脂肪・砂糖含有率の高い食品への高課税など。約170億クローナ。
国民が働き、納税することは国の税収増につながる。そのためには、若者の労働市場参入を早め、中高年の退職を遅らせ、勤労層がより長く働くことに誘因を作る必要がある。「福祉から労働へ(ワークフェア)」など、失業者を労働市場にゆり動かす方策は現行政権も散々出しているが、赤ブロックの野党の案は、普通の労働者にもっと働いてもらおうというシンプルなものだ。すべての労働者が、法定労働時間を週37時間から1時間増やして38時間働く、つまり週5日労働で一日あたり12分間長く働くようにするという提案だ。当然、働いた分の給与はつく。公共セクターの大きいデンマークだからこそ、こうした提案が成り立つともいえる。

病院や学校といった福祉サービスを悪化させることなく、経済を回復させる、「フェアな解決策(クリックすると自動的に彼ら党首の呼びかけが始まるので、音声に注意。デンマーク語の音に興味がある人はどうぞ)」と名づけられたこの提案は、2010年5月11日に発表され、それまで伝統的に抵抗政党として予算案に必ずノーを突きつけていた単一リストからも賛成を得る見通しが出された(Politiken, 2010年5月15日)。

労働市場参入の年齢を半年早めることで税収を増やすというのも一案とされている。デンマークでは、若者が教育課程をなかなか終えず、労働市場に入る年齢が他のヨーロッパ諸国よりも高い。将来的に、高等教育を受けた高技能の労働者の不足が見込まれているが、それと同時にこうした労働者を育てていると、彼らは30歳近く(28.2歳、2008年)になってしまうという一面がある。高等教育を半年早く終える(現在の大学教育は修士課程で3年の学士と2年間の修士課程となっているが、これを4年半で抑える)ことが提案されている。修了予定年限で終えれば20.000クローナ、年限より早く終えれば受け取れるはずだった残りの奨学金がそのままボーナスとして支払われる、などと具体的だ。2009年から実施されている、高校卒業から2年間以内で進学すれば、高校修了試験の成績を1.08倍にするという取り決め(実戦経験での学びは理論学習に駆逐されるのか 参照)も、有効期限を1年間に限定する提案が出されている。

それと同時に、高等教育の部分的な自己負担原則が提案された。こうした市場原則のツールが、社会民主主義を謳う赤ブロックから出されていることは非常に興味深い。この背景には、教育費が無料のデンマークで高等教育を受け、社会から恩恵を受けながら、高い税金を払うのを避けるためにアメリカなど他国で就職し、将来的に納税という形で還元しない者が増えていることがある。法人レベルでの税逃れについては以前に記事にした(高福祉の裏にある過酷な税徴収と「いたちごっこ」 参照)が、個人レベルでも高課税を逃れる策を練っている者はやはりいるものだ。今回の赤ブロックからの提案は、こうした人たちは自分で教育にかかる費用を負担せよ、という警告となる。

福祉コミッションによる『将来の福祉:私たちの選択(報告書はこちら)』で出された提言を基に考えられたこの案では、受益者負担という言葉の代わりに、「修士デポジット」と呼称している。月々の奨学金の代わりに、最後の年度は無利子のローンを出す。国内で就職する者は、就職後の給与から自動的に控除され、ローンが返済されるため財布を痛めない。一方で国外に出る者にはローンが残り、返済を迫られるようになるという筋書きだ。修了後、1,2年外国で働いてみたいという若者の意欲はそがないように、5年の猶予年限を設けることが提案されている。

しかし、これらはまだただの公約であり、両党はまずは選挙に勝ってから実現に向けて働きかけるとしている。当然ながら、国民が週1時間多く働くことで、140億クローナの税収増につながるというのは「実体をつかみようがない、理論上の数値にすぎない」(デンマーク国民党、クリスチャン・チュールセン・ダール。2010年5月12日、Politiken)という批判もでている。とはいえ、“皆さんが毎日12分長く働けば、福祉を悪化させることなく経済を回復できるのです”という文句は、実に具体的だ。そのくらいなら自分も協力できる、実現してもらおうじゃないか、という気にさせられる。

これまで歴史的に労働時間短縮を実現するために働きかけてきた労働組合側も、そういうことなら1時間多く働こうじゃないかと賛意を示している。PolitikenとTV2の行った調査では49%が週38時間労働に賛意を示し、反対は34%に留まっている(Politiken、2010年5月12日)。ノンスキル職の労働組合連合であるLOの代表のハラルド・ブアスティンは、野党との協力を確約している。(そうはいいつつも、翌日13日木曜日が祝日だったために、14日金曜日を休みを取り、4連休とする人が多く、多くの公共機関が稼動していなかったことが指摘されている。働くと言っているそばから、休みを取っているデンマーク人…どこまで信頼できるのか。

実際にこの公約が、経済回復にどれだけ効力を持つかはわからないが、誰もが週1時間労働時間を増やす、という労働者の連帯を基にした社会民主主義の原則に帰ったのは興味深い。こうした具体策がどれだけ有権者にアピールしたかは、次の選挙で明らかになるだろう。
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2008年05月12日

格差縮小へ、北欧社会民主主義からのヒント

日本で「北欧から学ぼう」というとき、現在の北欧のシステムそのものというよりも、北欧的社会民主主義、あるいは長期間の社会民主主義政権を経て現在に至った軌跡を理解したいという気持ちがあるのではないか。デンマークは、2001年11月以来、中道右派の自由党・保守党(・デンマーク国民党:閣外協力)の連立政権に代わってしまったし、スウェーデンでも2006年の10月以来、自由党・穏健党・中央党・キリスト教民主党の中道右派政権になった。ノルウェーも、シェル・マグネ・ボンネヴィック(Kjell Magne Bondevik)前首相のキリスト教民主党・中央党・自由党の長期(1997−2000,2000−2005)に亘る中道右派政権から、2005年になってようやくノルウェー労働党・左派社会党・自由党で構成された、左派の連立政権に戻ったところである。そして、フィンランドは共和制で少し異質だが、2007年3月の選挙では、やはり中道右派政党の中央党・穏健保守党の国民連合党が勝利し、中道右派に向いているようである。

こうした点から言えば、北欧=社会民主主義というのはもはや正確ではなく、「社会民主主義の伝統が根強く、(現在は拮抗しているか、やや押され気味だが)その歴史と伝統によって、現在も社会システムに社会民主主義の影響が大きい」国家群といえるのではないか。デンマークの現政権も中道右派でありつつも、社会民主主義的施策(医療・教育費の無料など)を前提として進めることに議論の余地はない。

デンマークの社会民主党には、「コーヒークラブ」と呼ばれる伝統があり、この集まりがいわゆる党内での「派閥」として機能してきた。他党にも「コーヒークラブ」は存在するが、社会民主党でとくに特別の意味と力をもって機能してきたようだ。党内での方向性が必ずしも一致していない場合に、それぞれのコーヒークラブを結成し、社交的な集まりの中で、ブレイン・ストーミングなどの自由な話し合いを通じて、政策やマニフェストを考えたりするようだ。1971年当選のベテラン、スヴェン・アウケン(Svend Auken)と前首相のポウル・ニューロップ・ラスムッセン(Poul Nyrup Rasmussen)とが派を分けて、それぞれのコーヒークラブを結成し、1992年には党首ポストを争った。1993年4月11日にアウケンが負けたことを屈辱として、アウケン派は「もう二度と4月11日を繰り返さない」という名のコーヒークラブを作り、ニューロップ派は「ワインクラブ」を結成した。アウケン派はニューロップが首相になった後もしぶとく存在感を示し続けていたが、「もう二度と4月11日を繰り返さない」は90年代の終わりに解消した。そしてアウケンは、後にニューロップの党首ポストを継承するモーンス・ルッケトフト(Mogens Lykketoft)と緊密な同盟を築くようになった。

その頃、若手のフランク・イェンセン(Frank Jensen)が自分のコーヒークラブを作り、それは「青年クラブ」と呼ばれ、イェンセン派を結成した。2003年になると、社会民主党の左派は「錆び落とし」と呼ばれるコーヒークラブを結成した。このおかしな名前は、50年代から70年代初めまで活躍したイェンス・オットー・クラウ(Jens Otto Krag:数々の大臣を歴任、1962-68、1971-72は首相)が、「コーヒークラブは水道管から錆を落とし(新たな水が流れるようにすることで)、社会民主党を正しい道筋に保つものとしてある」といったことを受けている。2002年にアウケンとルッケトフトが衝突すると、ルッケトフト派はニューロップの「ワインクラブ」を継承し(後にグループは解消)、アウケン派は「朝食クラブ」を結成する。2005年2月10日に現党首のヘレ・トーニング・シュミット(Helle Thorning Schmidt)が、党首のポスト争いに参加を表明したのも、この「朝食クラブ」である。彼女は多数の派閥を作ることを好まないとはっきり最初のスピーチで述べたこともあり、「錆落とし」と「朝食クラブ」はそれ以来2年間は、右派左派の区別なく、とりあえずは一つにまとまっていた。(ここまで、コーヒークラブの流れについては、2008年5月11日、Politiken、"Magtens korridorer"参照)

しかし、2007年11月の総選挙で社会民主党の得票率が25,5%(デンマーク総選挙考 参照)と、1906年以来の惨敗に終わったことを機として、このままでは自由党・保守党(デンマーク国民党:閣外協力)の勢力に勝てないと、社会民主党は抜本的な改革を迫られるようになった。その一つが、大ベテランで現在はコペンハーゲンの総市長を務める、リット・ビャーゴー(Ritt Bjerregaard)らによって、2008年1月16日に始められた「赤い学校」というプロジェクトである。ビャーゴーは、1971年の「リットのコーヒークラブ」をスヴェン・アウケンと結成して以来の左派で、これまでに数々のコーヒークラブも主催してきている。

1992年のポウル・ニューロップ・ラスムッセンとスヴェン・アウケン(1987-1992年まで現職の党首)の党内選出を狙っての戦いは、アウケンの敗退に決まり、ニューロップ・ラスムッセンは1993年から2001年まで8年間に亘って政権をとった。デンマークでは、連立することなく単独で政権を担当することはほとんど不可能なので、他党からの協力を仰げる党首を選出することも極めて重要である。アウケンでは、急進自由党からの支持が得られなかったことが選出されなかった理由である。2001年の社会民主党敗退後は、モーンス・ルッケトフトがその後を継いだが、2005年の選挙ではアナス・フォー・ラスムッセン(Anders Fogh Rasmussen)首相の率いる現政権に惜敗した。ルッケトフトは党首の座を明け渡し、その後に社会民主党135年の歴史の中で初めての女性党首として、ヘレ・トーニング・シュミットが就任したわけである。しかし、彼女の党首の座が決まるまでは、やはり社会民主党内で右派(ヘレ・トーニング・シュミット)と左派(フランク・イェンセン)に分かれ、派閥争いがあった。イェンセンは、ここで負けるようであれば自分は政治の世界から身を引くといい、2007年で議員を外れている。党首の座へ至る論争においても、高級ブランドのバッグを持ち、いつもスタイリッシュなヘレ・トーニング・シュミットは、“グッチ・ヘレ”と揶揄され、若く美しい女性党首は社会民主党のイメージ刷新に貢献はするだろうが、「グッチのバッグを持った社会民主主義者?」といった論調で、これまでの清貧のイメージを覆す新しい像が批判の対象になった。

こうした新しい姿の社会民主主義者に対して、リット・ビャーゴーは、当選前は小学校の教師をしていた、クラシカルな左派志向の社会民主主義者である。トレードマークの大きなメガネをかけ、化粧などは気にかけるそぶりも見せない。そんな彼女の提案するプロジェクト「赤い学校(Den Røde Skole)」は、300人ほどの「生徒(社会民主党員の中の参加者)」を抱え、先日4つの「作文(政策アジェンダ)」を提出した。社会民主党自体が少しずつ右傾化しているとも言われ、党の「傾きかけた軸を真ん中に戻す」狙いで、社会民主党の価値を見つめなおす「赤い学校」プロジェクトを始めたわけだが、「“真ん中”ではなく、“左”に傾けようとしている」という批判も受けているようだ(2008年3月1日、Information)。

De_fantastiske_fire_phixr.jpg上の説明に登場した、(左から)モーンス・ルッケトフト、ポウル・ニューロップ・ラスムッセン、スヴェン・アウケン、リット・ビャーゴーは、社会民主党の近代黄金時代を作ったということで、2005年にはハンス・モーテンセンによって本にまとめられ、映画のタイトルからとって「素晴らしき四人」とされた。ちなみに赤いバラは、社会民主党のシンボル。




そのビャーゴーらの「赤い学校」プロジェクトから発表された4つの「作文」は、要約すると以下の通りである。(「学校」としているため、参加者は「生徒たち」、課題は「作文」といった風に、言葉遊びがされている。)
・住宅事情
誰もが職場の近くに相応しい住居を構えることができるようにすべきである。具体的には、所有する住居を売却する際に利益に10-30%の間で課税する。その代わり、住宅が消極的資産価値となった際には税金は控除される。さらに、新しい住宅計画には10%の規則を導入する。10戸以上の住宅計画の場合、少なくとも10%にコムーネ(市町村)からの紹介者が入居することのできるようにする。これらの入居者に嫌がらせをする場合は厳しく処され、2回以上規則に従わない場合には入居者を募集する権利を剥奪する。

・自動車
(二酸化炭素の排出量を減らすため)自動車の数を減らし、代わりに公共交通機関や自転車を奨励すべきである。混雑料金が課されるべきであり、それはその車が通行する距離でどれだけ空気を汚し、混雑を起こすかによって決められる。自動車通勤手当の控除は漸次減らされ、代わりに公共交通機関利用の際の税金からの控除と運賃値上げの上限設定が強化される。国内全域で、排気ガスの粒子フィルターをつけていない乗り物が入れないような環境ゾーンとする。そして、環境に優しい車は、障がい者用の駐車スペースのように機能する、特別な緑の駐車スペースを手に入れるようにする。電車や地下鉄は、本数を増やし、使用に値する線路が整備され、より多くの自転車利用者とその安全、駐車スペースが確保されることで、気軽な自転車通勤を魅力的な選択とする。

・統合政策
現在、存在する統合プロジェクトのうち、3分の2を廃止する。その代わりに、大きな企業にデンマーク人以外の民族的背景を持つ者を積極的に雇用するように奨励・義務化する。経済的誘因、法人税特別軽減といった措置でこれらの提案を魅力的なものにする。(外国人スタッフの)割り当て分をこれまでよりも大幅に拡大し、学校や施設、公共機関で、清掃スタッフ以外でも外国人が雇用されることを積極的に支援する。

・身体
予防こそが何よりも大切であるため、小中学校では「身体と健康」という教科を創設する。生徒は、学校で毎日一時間補習として、食物、喫煙、飲酒について習う。果物、野菜、有機栽培をした食物は消費税の軽減をし、代わりに菓子や炭酸飲料は重課税とする。喫煙ルールはさらに締付けをして、食べ物を提供するところでの喫煙を全面禁止にする。医療セクターでは、医者や看護師が治療者チームを作り、患者に同じチームが責任を持って対応できるようにする。医療保険料の税控除を廃止し、民間病院にも公立病院と同様に研究・人材育成への義務を負うようにする。課税対象を増やすことと別領域からの予算削減により、10年のうちに250億クローナをこれらの改善費用として計上することを目指す。
「格差に焦点を当てて具体的な政策を出せるのは、社会民主党ならでは」とロスキレ大学教授、クラウス・ボョル(Claus Bryld)は非常に高い評価を出している(2008年5月10日、Politiken)。彼は、自由・平等・協同の三つの概念のうち、他党と比べて社会民主党を特別なものにしているのは平等の思想だ、と格差解消の施策への回帰を歓迎している。住宅価格の高騰、民間病院へかかれる者と公立病院への治療待ち(そしてそのうちに手遅れになる)者という格差を見られる今、健康問題、自動車の使用、教育問題、統合政策、住宅問題に具体的に施策を示し、焦点を当てるのは向かっていくべき方向性だという。

社会民主党の若き「皇太妃(暗に次の王位継承者を意味する)」、メッテ・フレデリクセン(Mette Frederiksen)が2008年3月30日に「社会民主主義者の10のテーゼ」を発表したのを始め、ヘレ・トーニング・シュミットも「デンマークへ与えられた、9つの進歩的選択肢」を2008年4月に発表し、今回のリット・ビャーゴーの「赤い学校」(全4回のディベート・ミーティングで構成)に至る。こうした党内の話し合いと方向付けを探りながら、次回の選挙での政権奪回を目指して議論が続いているわけである。「赤い学校」の提案は、上記二つの提案よりもより具体的であり、非常にわかりやすい。社会民主党が政権をとったらどうなるのか、というのが見える。不動産を所有するような「持てる者」に重税を課し、外国人のような就職などの条件も厳しい者へ優遇措置を設けることで、富の再分配を図る。

社会民主党の現党首であるヘレ・トーニング・シュミットは、住宅売却の際にさらに課税する提案を挙げて、「住宅所有者に重課税するなんて、完全に頭に穴が開いている」「するならば、赤い学校の帳簿に付けてくれ」と否定する方向だ(2008年5月7日、Politiken)が、こうした党内の提案を議論しつつ、政権奪回のための新しい戦略を練っていく流れは非常に面白い。長い記事となったが、クラシカルな北欧社会民主主義者から出された、ポリティカリー・コレクトとさえ言える提案は、社会民主主義の“人の命を大切にする政策”といえるのではないか。この議論がどこに終着するか見守りたい。
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2008年05月06日

スーダンの少年の「ルイ・ヴィトン」のバッグとチワワ

ダルフールでは20万人もの大虐殺が続けられているなか、マスメディアはパリス・ヒルトン(Paris Hilton)などセレブの動向を追うことには熱心でも、スーダンの現実を報道しない…。これでいいのか、と問題意識を持った若いデンマーク人アーティストがいた。現在、オランダの芸術アカデミーで学ぶ、26歳の女性、ナディア・プレスナー(Nadia Plesner)である(HPへリンク。英語)。彼女は2007年に“シンプル・リビング”というキャンペーンを始め、裸のアフリカの子どもがルイ・ヴィトンに似たバッグを腕に下げ、服を着たチワワを手に抱えているモチーフを使って、Tシャツ・ポスターを売り出した。ここでの収益はダルフールを救うためのプロジェクト“Divest for Darfur”に100%寄付されるという。

simple living.jpg 現在も、HP上でTシャツとポスターの購入は可能。

政治的なスローガンを載せたTシャツで人々の注意を喚起する手法は、とくに若者の間でよく使われ、過去の記事でも、チェ・ゲバラ(Ernesto Rafael Guevara de la Serna)の顔のついたTシャツを着てデモ行進に参加する若者、Tシャツの売り上げを通じてコロンビアの「テロ組織」を支援するFighters+Loversの例などを挙げた(混迷するテロ概念の正当性 参照)。今回の件も、若者が資金を集めると同時に、この問題に対しての人々の注意を引くための手法として考えた「オーソドックスな」キャンペーンとも見える。

しかし、このキャンペーンは2008年2月になって、ルイ・ヴィトンがイラストのモチーフにクレームをつけ、法的措置を取ると脅しをかけてきたことから一変した。2008年2月13日、パリのルイ・ヴィトン本社から、キャンペーンに使われているバッグのモノグラムのモチーフが、自社の持つ知的財産権を侵害していることを通知(PDFファイル)してきた。ナディア・プレスナーは、2008年2月27日にヴィトン社にを回答(PDFファイル)をし、キャンペーンの中で「ルイ・ヴィトン」という名称には全く言及していないこと、このイラストはアーティストとしての自分の表現の自由であり、やめる意図はないことなどを表明、両者の間の対立は溝を深めていくことになる。

「ヴィトンのバッグを持ってチワワを抱いている、パリス・ヒルトンがメディアのターゲットなのであれば、スーダンの子どもにそれらを持たせてみよう」というだけのアイディアだったのかもしれない。しかし、2008年4月15日になると、ナディア・プレスナーはついに訴訟を起こされ、ルイ・ヴィトン社側から、これ以上Tシャツの販売を続けるならば、販売に対して1日当たり37,000kr.(約80万円)の罰金、さらにHPでルイ・ヴィトン社の名前に言及していること、手紙を公開していることに対しても罰金として、合計で1日当たり112,500kr.(270万円程度)もの支払いを要求してきた。1日当たりの罰金に加えて、その他に賠償金として75,000kr.(180万円程度)も求めている。ナディア・プレスナーは最初は、「怖気づいてしまった」というが、結局、キャンペーンを諦めることなく続けることで、意思を表明することを決定した。(現在、学生として住んでいる)オランダの2人の弁護士やデンマークの弁護士が無料で弁護を引き受け、彼女を支援している。この件は、オランダのメディアでも扱われるようになり、人々からサポートのメールや電話が押し寄せているという(彼女のHPでも、この案件に関しての世界各国からのコメントが見られる)。騒がれて以来、Tシャツの売り上げも上がり、企業が40-50枚まとめて購入し、プレゼントして使うケースさえあるという(2008年4月25日、Politiken)が、売り上げの実数に関しては弁護士の助言で公開していない。

2008年5月5日のPolitikenは、ルイ・ヴィトン社側とナディア・プレスナー側が5月30日に顔を合わせ、双方の言い分を聴取する機会を設けることが決定されたことを報じている。賠償金を要求されて以来、オランダ人弁護士の助言により、ナディア・プレスナーはオリジナルのイラストを、ルイ・ヴィトンのバックに似ているとされる部分を似過ぎないように改変した。さらに改変して、より似ないようにすることも検討しているという。

イラストを見て、彼女の狙った、グロテスクな感触と罪の意識のようなものは誰もが感じるのではないか。ヴィトン社のような大きな国際企業が、26歳の若者がスーダンの危機を救うためにと行っている小さな非営利のプロジェクトを相手取り、法の力を借りてまで全力で潰そうとするような横暴・傲慢な姿勢が、人々の判官贔屓の感情を呼び起こしたようにも感じられる。デンマーク語だけではなく、世界中の草の根メディアで言及されるようになり、現在までに244のブログがこの件を扱っているようだ。

アメリカのジェレマイア・オウヤン(Jeremiah Owyang)はこの件を巡って、ヴィトン社が選べるであろう2つの道を示している。
1.訴訟を続け、イラストを取り下げさせるなりすること
2.訴えを取り下げ、むしろ積極的にキャンペーンに加わること


さらに、彼のブログの読者からのコメントを通じ、新たに2つの道が示された。

3.議論の場を与えて、フォーカスを変えること(ブランド品の是非はキャンペーンのポイントではなく、ダルフールへの関心を呼ぶことだ)
4.訴えを取り下げ、騒ぎの収まるのをただ待つこと。
訴訟を起こすよりも、キャンペーンにタイアップして参加した方が、ブランドイメージの向上になるのではないかという議論もみられるが、その点に関しては、上記のオウヤンが、人権の領域に踏み込むということは、企業全体を徹底的にクリーンにしておくことが求められ、海外の工場での搾取など、叩いて埃が出るようであれば、足を踏み入れない方が良い、という鋭い指摘をしている。また、彼はこうしたやり方が「高級ブランドとのタイアップに繋がるのであれば」、と安易に二匹目のドジョウを狙うものが相次ぐ危険を指摘している。

イラストを通じて、人々の注意を喚起し、議論を呼び起こすというキャンペーンの目的は達せられたわけだが、今後も芸術と政治、そこに絡められた企業イメージという点では、同じような件は続いていくであろう。新たにデンマークにおける「表現の自由」という言葉で表される挑戦に、ヴィトン社がどこまで「大人」になれ、どこに集結するかは世界中が見守っているはずだ。面会、その後…
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2008年01月23日

社会問題を抱えたグリーンランドの政治的影響力

デンマークと関連の深い、グリーンランドが今、政治的な過渡期にあり、近代的資本主義の波に乗るのか、伝統的なデンマークの社会民主的価値観に乗るのか、大きな挑戦を受けている。Informationに興味深い記事が載ったので、今回はグリーンランドの政治状況とデンマークの関わりについて書いてみたい。

グリーンランドは、フェロー諸島と共に1953年までデンマークの植民地であり(フェロー諸島は1948年まで)、その後はデンマークのアムト(県)の一つとして機能してきたが、1979年以来はデンマーク王国の一部に属する自治領となっている。そのため、当然デンマークとの関係も深く、デンマークの国会(Folketinget)ではグリーンランド・フェロー諸島にも各2議席を与えられている(デンマーク総選挙考参照)。そのほかに自治政府(Landstinget)を持ち、二つの政党から、3名と4名が選出され、現在7名にて構成されている。

あまり日本では語られないが、グリーンランドの人々は、貨幣経済に慣れていないことなどもあり、まとまった収入が入るとそれをそのまま飲酒代に使い、そのことから、アルコール中毒を初め、子どもに対する性的暴行(特に近親相姦)などの社会的な問題も多く抱え、近代化の波に乗れずに来た。漁業を主な生業としているが、食物連鎖によって魚に蓄積された水銀のため、グリーンランドの子どもたちの多くが水銀やカドミウムを体内に残し、奇形で、あるいは通常よりも小さな脳を持って出生するといった報告も聞かれる。

漁業を主な産業としており、ロイヤルグリーンランドという国営企業が小さな海老を中心として輸出している。自治政府の費用のうち、半分を超える32億クローナ(約700億円)がデンマークから支援され、そのほかにEUからの補填費用、28億クローナなどもあわせ、60億クローナが年間の自治運営費用となっている。

96334521_494ee72430_m.jpg写真はMartha de Jong-Lantinkさんのアルバムより。リンクからもっとグリーンランドの写真が見られる。






シウムット党という政党は、デンマークの社会民主主義の影響を受けながら育った政党で、「全島内統一価格システム」を初めとして、社会主義な政策を進めていたが、ここにきて、それが近代化の波による影響を受けて換わってきているという。「全島内統一価格システム」とは、首都のヌークまでの運送費とそれ以外の都市への運送費では、当然首都までのほうが断然に安価になるが、海岸や大きな町から遠いところへも同じ価格で提供することで、小さな町に住むものが不利益にならないように生み出された。全人口の91%が首都のある西グリーランドに住み、北グリーンランドにはたった1,6%、東グリーンランドには6,3%の人口しか住んでいないという事情を鑑みれば、こうした小都市に住む者を助ける政策を採ってきたのも頷けよう。この政策は、物品だけではなく、電気代に関してもやはり統一価格を取っていたが、これも今後の雲行きが怪しいという(Information、2008年1月21日)。

シウムット党の前党首であった、ヨナタン・モッツフェルト(Jonathan Motzfeldt)が作った市場化の流れを国会の現議長のハンス・エノクセン(Hans Enoksen)が「グリーンランド化」を進めようと勢いを強めていると、グリーンランド大学の歴史家であるトーキルド・ケヤゴー(Thorkild Kjærgaard)は説明している。市場化とグリーンランドのナショナリズムを強める形で、重要なポストはグリーンランド人で占められるべき、デンマークから呼び寄せられたデンマーク人は、グリーンランド語(デンマーク語とは全く異なる)のできる者に限るべき、などを提唱している。そのため、貧富の格差が広がってきているが、それをエノクセンは「自立と個人の自由の代償」としている。

グリーンランドのテレビ局KNRの前ディレクターであったエルナ・イーアダ(Elna Egede)は、シウムット党を「グリーンランド国民党」と呼び始めたという。エノクセンは、ちょうどデンマーク国民党のピア・ケアスゴー(Pia Kjærsgaard)のように最初にその影響を見くびっていたものの大きな力を持つ可能性があると、前述の歴史家、ケアゴーは言う。この議長のポストの選挙が今日行われ、まもなく結果が公表される。グリーンランドの市場化・民営化といった新自由主義の波は、今後エノクセンがどれだけ力を持つかにかかっている。

そしてこの2、3日、デンマークで大きな話題になっているのが、難民センターでの処置を巡っての政党間の分離である。保守党のピア・クリスマス・ムラー(Pia Christmas Møller)が、難民センターから普通の住宅に移って仕事を探す権利について現行の3年後から2年後に変えることを提案したが、それを左派勢力の社会民主党、急進自由党、新同盟、社会人民党、統一リストが同意し、さらにグリーンランドからの2人の議員も賛意を示したことで、現行政府が初めて過半数を割る危険があることになったためである。保守党党首で副総理にも当たる、ベント・ベンセン(bent bendtsen)は、クリスマス・ムラーへ「もしそんなことがあるならば、除名処分だ」と脅し、移民排斥を謳うデンマーク国民党はグリーンランドからの議席に「もしもデンマークの内政に口を挟むならば、今後デンマークからの補助金にも影響する」と脅しをかけ、現行政府が何とか過半数を保てるよう議論が続いた。

理論的にはもちろん、グリーンランドから選出された議員もデンマークの政情に対して投票する権利を持つわけだが、このところ、彼らはデンマーク内政を扱った件の場合には、棄権することが慣行となっていた。しかし、グリーンランド人にとっても、上記のように、自治を強めていつかは独立をという機運も強い中、難民センターの問題には黙っていられないところもあって、いきり立っている(Politiken、2008年1月22日)。与党である保守党のクリスマス・ムラーは、除名といわれる前に自分で脱退すると、党を離脱した。

アナス・フォー・ラスムッセン(Anders Fogh Rasmussen)首相は、「グリーンランドからの議員は当然投票する権利がある」ともっともなことを言いながらも、新同盟の党首ナサー・カーダー(Naser Khader)に対して、「もしもこの提案に同意するようなら、議会を解散し、再び選挙とする」と脅しをかけた。新同盟は野党に賛成したいが、現在かなり後退期にあるため、選挙となればそもそも議席をどれだけ獲得できるかも怪しい。新同盟は、デンマーク国民党の影響力を弱めることを目的として成立した党であるため、政府の3年をもってという案に賛成すれば、自分たちに投票した有権者を裏切ることになる、というジレンマに立たされているのである。

グリーンランドでの自治の問題とナショナリズム、そして外国人への待遇を巡って、大きな議論が巻き起こっている。グリーンランドからデンマークの国会へ選出された議員は、グリーンランド独立を願う23歳の若き女性、ユリエネ・ヘニングセン(Juliane Henningsen)は自治・個人の自立を応援するし、過去に性的嫌がらせなどで問題を起こしたものの復活したラース・エミール・ヨハンセン(Lars-Emil Johansen)は、根っからの社会主義者で、デンマーク国民党からの脅しを「原始的な民主主義の形」と批判し、一票を投じる姿勢を明らかにしている。

普段、デンマークに住んでいても、グリーンランドのことを考える機会は殆どなく、年末の女王のスピーチで、グリーンランド、フェロー諸島について言及される程度だが、こうして彼らの政治力が話題になっている現実は、面白いし、今後が期待される。自治政府の議会の選挙とあわせて、デンマーク国会での影響力についても目が離せない。

(2008年5月14日追記)
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2007年11月27日

省庁改組と改名の裏にある意図

少し遅くなったが、先週末、総選挙の結果を受けて、刷新内閣の顔ぶれがお披露目された。誰がどの省の大臣となったのかという詳細は他のページに譲るとして(明日以降に、国会のページにも更新される予定)、19人のうち11人が50歳以下(うち、31歳、35歳、36歳の30代を含む)という若さは目に付く。

2007年11月26日の東京新聞の記事で、英国と比較して日本の議員が横並びに閣僚職を経験するとあったが、少なくとも現行のデンマーク政府は、英国型よりは日本型に近いようだ。いつかの省の兼任大臣がいるため、閣僚は全部で19名となり、このうち新任と解任による入れ替えはたった2名で、他は全て留任(11名)か別の省庁の職への移行(6名)となった。

過去にもアナス・フォー・ラスムッセン(Anders Fogh Rasmussen)首相が組閣する際に毎度「口説」かれ、その度に断り続けていた、ビエテ・ロン・ホーンベック(Birthe Rønn Hornbech)が今回は任を引き受け、難民・移民統合省及び教会省の大臣に着任したことに注目が集まっているが、その他にはそれほど目新しいことはないようだ。彼女の強さは、デンマーク国民党の移民排斥政策にも打ち勝てるのではないかと、現行の移民政策に不満を抱く者たちの中でも期待が集まっているようである。

さて、ここでは、省庁の改組・改名をテーマにして書いてみたい。デンマークでは組閣の際に、しばしば省庁が改組・改名される。「社会(social)省」と呼ばれていたものが「福祉(welfare)省」に、そして「内務・保健省」は「保健・予防医療省」と名を変えた。「交通・エネルギー省」は改組され、「交通省」と「気候・エネルギー省」に分けられた。枠組みの改組・改名とはいえ、当然、そのレトリックを通じて国民の支持と理解を得ようと政府のフォーカス領域を反映させており、その意図を読んでみるのは面白い。

2007年11月26日のInformationは、これまで「社会省」のもとに管轄されてきた事柄が、「福祉省」という中流階級をターゲットにした福祉を売りにすることで、社会の一番下層にいる弱者を見捨てることになるのではないかという議論を載せている。政治学者かつ社会福祉国家研究センター長である、ヨーン・ヘンリック・ピーターセン(Jørn Henrik Petersen)は、この言葉の入れ替えによって、社会民主政権の長い伝統下で、福祉はさまざまな社会の現象の傘の下に位置する「社会プロジェクト」であったが、現、自由・保守政権はそれを180度入れ替え、いまや「福祉」の下にさまざまなプロジェクトが位置するようになったと解釈しており、この指摘は「福祉」を巡っての攻防を現すようで興味深い。福祉は「売れる文句」となったのである。

以前に、日本から教育・社会学の教授たちが見えた際に、「デンマーク語の"social"、あるいはデンマーク人が言う英語の"social"は、ドイツ語の"sozial"と同じく、“社会”というよりも、日本語で言う“社会福祉”といった内容を包摂しているのではないか」という指摘をされ、短い視察期間中ながらもその鋭い洞察に感心した。まさに、「社会省」は社会の下層で、アルコールや失業、家庭崩壊といった問題を抱えている人々を助けることを課題としていたが、それが「福祉」という言葉で置き換えられた途端に、中流家庭をターゲットとした「子育て支援」や「医療費削減」など口当たりのいい言葉でのベネフィットを宛てる省庁と生まれ変わるかのように想定されるからである。無論、現・福祉相であるカーン・イェスパーセン(Karen Jespersen)は(下流層を置き去りにするという)心配は危惧に過ぎないと述べているが、いずれにしてもこの改名によって中流階級の歓心を買おうとしたことは明らかになったといえるのではないか。

また、新しくできた「気候・エネルギー省」だが、似た名前のものに、「環境省」が存在しており、前環境大臣だったコニー・ヘデゴー(Connie Hedegaard)は今回、「気候・エネルギー省」に移ったが、この不明瞭な区分によって、これまでの環境大臣としての経験と才覚を発揮できないのではないかという声も出ている(2007年11月24,25日、Information)。

環境や気候を考える上で、近年増加を続けている自動車の問題もあり、交通との関連は外せないため、これまでは環境と交通が一つの省庁下にあったが、これが分割されたことは由々しい、と環境運動グループNOAHはいう。ロスキレ大学の交通研究者、ペア・ホマン・イェスパーセン(Per Homann Jespersen)は、政府が気候の問題を重要視していないのは明らかだと批判している(2007年11月24日、Information)。

交通税は、小さな都市国家であるシンガポールでは1965年から導入されているが、ヨーロッパでは1985年頃からノルウェーで導入されたのを嚆矢として、スウェーデン、イギリス、イタリアの大きな都市でも2003年以降実施されており、交通渋滞と排気ガス排出の抑制に効果を挙げている。コペンハーゲンでも同様の議論は何度も出されているが、政府の「税停止政策」に反するという理由で取り下げられている。気候・エネルギー省の管轄の範囲でどれだけこれらの問題に取り組めるかが早くも気になるところである。

省庁の改名・改組は、問題の現状と何が有権者にとって魅力的な文句となるかを反映しているようで、非常に興味深い。コペンハーゲンで2009年に開かれる環境トップ会議に備えて、早くも気候・エネルギー相のコニー・ヘデゴーは、今後ブラジル、メキシコ、南アフリカ、ロシア、日本を訪ねたり、バリで行われる国連の環境会議に参加したりと意欲を燃やしている。日本は、ハンガリーから二酸化炭素排出権を購入することを決定したところであり、経済的手段での解決と環境への配慮で妥協を探っているところである。デンマークの福祉や環境政策がどれだけのものを実現できるか、今後を見ていきたい。
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2007年11月15日

デンマーク総選挙考

総選挙の結果がわかり、メディアはますます盛り上がっている。結論としては、現中道右派政権が三期目を続けることになった。しかし、今回の選挙戦で重要なのは議席数だけではない。ただ、与党・野党という議席数だけではない結果について、書いてみたい。ちなみに、結果は以下の通り。

     今回選挙得票率(議席数) 2005年選挙得票率(議席数)
社民党       25,5%(45)    25,8%(47)
急進自由党       5,1%(9)    9,2%(17)
保守党       10,4%(18)     10,3%(18)
社会人民党       13,0%(23)     6,0%(11)
キリスト教民主党    0,9%(0)      1,7%(0)
デンマーク国民党   13,8%(25)     13,3%(24)
自由党      26,3%(46)   29,0%(52)
新同盟       2,8%(5)  −(−)
統一リスト    2,2%(4)    3,4%(6)

社会人民党(社会党と訳しているところもある)は、ヴィリー・ソウンダール(Villy Søvndal)を2005年春に党首に据えてから大躍進を遂げ、議席数を二倍以上に増やした。選挙公約でも、他の政党に比べて具体的な数(公共交通機関の最低運賃を一律10krに、介護職に5000人を増員、さらに彼らに月2000krの昇給、22人を上限とした学級を作る、など)を出して視覚的に有権者に訴えており、それが功を奏したのかもしれない。しかし、一夜明けた今日、新聞等の議論は、社会人民党に対して、見事な快挙だが、結局社会民主党を第一党とした連立政権が成り立たなかった今、この「意味のない」獲得議席を、野党としてどう生かしていくのかというところに進んでいる。

また、全ての開票結果がでてから各党の党首が続々と国会議事堂に集まっていき、その感想等をメディアに話すわけだが、デンマーク国民党の躍進に、党首ピア・ケアスゴー(Pia Kjærsgaard)は相も変らぬ自信ぶりだった。通常、自由党・保守党・デンマーク国民党からなる現行の連立政権は、自由党と保守党の頭文字からVK政府と呼ばれ、デンマーク国民党は、閣僚を出さない約束で協力政党となっている。つまり、閣僚は皆自由党・保守党から選ばれるということであるが、逆にこのことによってデンマーク国民党はより自由に政策に口出しをできるという。デンマーク国民党を、一文字で表す場合にはOを使い、VKO政府という場合もあるが、彼女はこの夜、これを「VOK政府の…」という言葉を使っていた。仲の悪い保守党の議席獲得数を超えている自信と、順調な党の成長ぶりに与党第二党となる野心の表れかもしれない。

主に急進自由党から独立して、新しく発足した新同盟は予想に反して苦戦し、獲得議席は5に留まった。たとえ新同盟が社会民主党の側につくことを決定しても、彼らの獲得議席数がたったの5では与党にはなりえない。このことによって、切り札になると考えられていた新同盟の所属は現与党にとって「どうでもよい」ものとなり、彼らと激しく敵対するデンマーク国民党は喜んでいる。

デンマークの国会には179議席あり、うち4席はデンマークの自治領であるグリーンランドとフェロー諸島からの代表に各2席ずつ与えられている。現行政権は当然自治領の人々の利益など眼中にないだろうから、社会民主党側につくのではないかと思っていたが、フェローからさらに現行与党に1議席が入ることがわかった。これで、新同盟が社会民主党側についたとしても、89対90で「負け」が決定である。

では、例えばデンマークの移民・難民政策はこれからますます厳しくなっていくのかというと、また面白い話がある。新同盟の党首、ナサー・カーダー(Naser Khader)は以前にも書いたように、自分自身もシリアからの移民ということもあり、現行政府の方針には反対している。難民収容センターに入れて、精神疾患を理由としないと母国へ帰されてしまうという不安から病気を療養することさえもできない現実が問題視されているが、新同盟など数党は、難民収容センターではなく、難民の家族が滞在許可の下りるまで、普通の住宅に住んで一定の期間働くことも許可するべきだといった訴えをしている。つまり、現行政府は市民・難民政策に関して、新同盟の協力は期待できないものとなる。そして、前述のフェロー諸島からの代表の1議席だが、この人物、エドムンド・ヨーエンセン(Edmund Joensen)はフェローの人々の利益に関与しない、デンマーク内政問題には関わらないと言っている。まさに1票をめぐって過半数が動きうる状況で、今後法案の成立にやきもきすることが予想される。悲観するのはまだ早いかもしれないと思わせる絶妙な展開に、期待している。

20時の投票締め切りから始まった開票速報を見ていて感心したのが、「政治家の家族たち」の関わりである。日本では「代議士の妻」は「○○の家内でございます」というのみで、頭を下げて回るのに協力するだけという印象があるが、こちらは彼ら自身が政界にいる場合もそうでない場合も、妻のインタビュー、娘のインタビューなどをたっぷり盛り込み、しかも彼らが自分たちの夫や親である議員の政党の公約などを理解したうえでしっかりとテレビカメラの前でインタビューに答え、党や家族を応援している印象を与えることである。また、「過去の人」となった大物政治家も、自分の党の選挙事務所(といっても、食べて踊って飲むので、結局クラブやカフェのような場を借り切ってしているわけだが)に来ていてインタビューを受けたりしているのが楽しい。80歳を超えて「何だって?」と補聴器をつけて尋ねながらインタビューに答えている様子には、人生を政治に捧げてきた貫禄とそれを楽しんでいる人独特の魅力が存在している。

女性の活躍で注目されたのは、社会民主党の重鎮スヴェン・アウケン(Svend Auken)を叔父とし、前国会議員だったマーガレーテ・アウケン(Margrete Auken)を母にもつ29歳のイーダ・アウケン(Ida Auken:親戚で同じ政党に所属していないところがまた面白い。叔父は社会民主党、母と本人は社会人民党である)、それからトルコからの移民の背景を持つ女性としては初めて、31歳のウズレム・サラ・ケキック(Özlem Sara Cekic)が当選したことである。最も物議をかもしていた、統一リストのアスマー・アブドル・ハミッド(Asmaa Abdol-Hamid)は、候補人名簿の第6位にいたが、党の獲得議席数が4であったこと、個人得票も685票に留まったことで、初のイスラム教徒国会議員にはならなかった。彼女が議員選に出ることが決まった時、移民排斥を勧めるデンマーク国民党は、「どうかしている。精神病棟に送ったほうがいい」と答えたことは有名である。いまや、トルコ等からの移民二世も増え、国内でイスラムに対する理解を深めるためには、イスラム教徒の代表性が確保される必要があるという論にも一理あるが、現実には死刑容認、男性に挨拶の握手をしない、スカーフをかぶるという彼女のポリシーはまだ一般には受け入れられていないようである。

失われた6年とは言わないかもしれないが、確実に後退した6年ではある。総選挙が終わった今、閣僚の配置なども次々と発表されるが、今後の様子をしっかり見守りたい。
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2007年11月08日

二つの連立政党の狭間にある苦悩

前回も書いたように、11月13日に総選挙を控え、選挙戦は佳境に達している。「3バン」が必要とされる日本の選挙では、名前を連呼することが主な「選挙活動」(←日本の政治を客観的に眺める上でのお勧めのドキュメンタリーフィルム)となるが、デンマークでは各政党が政策マニフェストを掲げるとともに、テレビ等のメディアでも積極的に対立する政党とディベートを繰り広げ、討論番組(Anders Fogh Rasmussen)が注目を集める。とくに現在の首相、アナス・フォー・ラスムッセンと野党第一党である社会民主党党首のヘレ・トーニング・シュミット(Helle Thorning Schmidt)の公開討論は第3ラウンドまで開催され、毎度メディアが大きな注目するところとなっている。ディベートテクニックは、アメリカの大統領選に比べればまだまだという声はあるが、それでも「質問に対して、考えられないほど長い回答ですね!!」など、挑戦的な文句が続き、なかなか刺激的な討論番組で面白い。

今回の選挙は、保守と革新の予定獲得議席数が非常に近くなっており、連立政権を常とするデンマークの政治の中でも稀に見る接戦となっている。デンマークで政治に加わる方法にも載せたが、この度新しくできた「新同盟」(Ny Alliance)がちょうど中間になる形で、他三、四党の連立はそれなりに確定しているため、この政党との折衝が大きな争点になっている。革新による連立は、社会民主党・社会人民党・統一リスト、急進自由党で構成され、保守による連立は、自由党・保守党・デンマーク国民党で構成されると見込まれる。毎日のように世論調査が新聞を賑わすが、過去4日間の結果は、この中間の「新同盟」を除くと79議席対84議席、80議席対83議席、83議席対83議席、84議席対84議席、と日々迫ってきており、現在は拮抗している。残りの7議席がどちらにつくかによって、どちらが与党になるかが変わってくるため、自由党、社会民主党もどれだけ新同盟に対して譲歩し、彼らの政策を実現する余地を与えるか画策しているところである。

デンマークの国政選挙に参加できるのは、デンマーク国民だけであり、残念ながら私は投票権はないが、大きな関心を持って見守っている。ちなみに、EU外からの外国人(例えば日本人)の場合、3年経つと地方選挙への参政権に限っては与えられる。在日韓国人にも地方選挙参政権を与えていない日本の状況に比べれば、かなり寛容な対応であるといえるが、一方で他のEU諸国から来たものは住所が確定しさえすればすぐにでも地方選挙へは投票・出馬することができることを考えると、EU優遇の間は否めない。

新同盟の党首である、ナサー・カーダー(Naser Khader)は、パレスチナ人の父とシリア人の母をもち、シリアで生まれ育ち、11歳の時にデンマークへ来た移民の背景を持つ。そのため、(高学歴の移民を除くが)移民・難民の排斥を謳うデンマーク国民党とはどうしても相容れないが、新自由主義的方向を行く現政権の自由党・保守党に対しては支持を表明している。これまで、中間的な立場にあった急進自由党から脱退して新編成された新同盟だけに、彼らと急進自由党のみが可能性としては与党を構成する上で動きうる。ある専門家によると、今後は1年半ごとくらいに政権が移る安定しない内閣になりそうだという見方もあるが、いずれにしても今回の選挙の渦中にあるのが新同盟であるのは間違いない。各党のマニフェストをめぐって、色々と面白い議論も出ているので、それを次回のテーマとして、残り1週間をきった選挙戦を見守りたい。
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2007年07月14日

デンマークで政治に加わる方法

デンマーク国会には、大きく見て11の政党がある。自由党、社会民主党、デンマーク国民党、保守党、急進自由党、社会人民党、統一リスト、キリスト教民主党、中央民主党、進歩党、そして2007年5月7日に結成されたばかりの新同盟である。デンマーク語の名前を直訳したものだが、誤解を招くものが多い。例えば、「自由党」は、デンマーク語を直訳すれば「左党」を意味するがむしろ保守寄りであり、英語では「リベラル」を使っているため、「自由党」と訳す。「保守党」はそれほど保守的でもなく、「急進自由党」もそれほどラディカルではない。自由党、保守党が連立して与党を成し、デンマーク国民党は閣外協力をしている。それに対して、社会民主党が2001年11月の敗退以降は主力野党として、急進自由党、社会人民党、統一リスト、そして急進自由党から離脱してできた新同盟とともに、ブレーキをかけている。上に挙げたもの以外は、現在議席はないか少ないもので、ほとんど影響力はないと見てよい。

2007年5月に、急進自由党の有力政治家が党の方針に異議を感じて、ナサー・カーダー(Naser Kharder)を党首として新同盟を立ち上げたことが大きな騒ぎとなった。たった1ヶ月で約2万人の市民が党員として登録するほどに注目を集め、この数はデンマークで3番目に大きい保守党の党員数にもほぼ匹敵するものとなった。政党の党員組織についてはまた新たな関心をそそる点だが、ここでは、まもなく日本でも参議院選挙であるため、このエピソードを契機として、デンマークでの政党立ち上げについて書いてみたい。

政党とは、同じ政治的信条を持つ人々が、政治の展開に影響を与えようと団結して作られる。国会がもちろん現実の政治に影響力を与える有力な場であるが、そのほかにもコムーネ(市町村)議会やアムト(都道府県)議会等で活躍する政治家になることもできる。

新しい政党を作る場合、国会の選挙であるのか市議会の選挙であるのかによって、方法は異なるが、いずれの場合にも同調する市民の署名を集めることには変わりがない。

国会選挙の場合には、前回の国会選挙の全有効投票数の175分の1に当たる署名を集めなければならない。これは、約0,57%に当たり、およそ19000票となる。デンマーク市民権を持つすべての国民のうち、前回の投票に行ったもので、この新しい政党を支援したいと思っている者から署名を集めることになる。署名を集める前に、内務・厚生省は署名をする紙を認証しなければならない。

ただ街頭で署名をもらうだけではなく、1989年以降はその署名を逐一国民登録と照らして有効と認められてから、署名をした人物にその旨が通知され、それを本人が直接政党に送付するという手続きが加えられ、この煩雑さに実効がないものが多い。

この手続きを経て、署名の有効が認められてから、政党は改めて内務・厚生省に参戦したい選挙の最低15日前までに登録する必要がある。そして、省は政党の名前を認証する必要がある。

コムーネ(市)議会やアムト(県)議会の場合には、党の名前は認証される必要もなく、支援者からの署名に関してもそれほど大きな人数を集める必要がない。市議会の選挙の候補者リストに載るためには、基本的には25人の署名、県議会の場合には50名の署名を集めればよい。署名者はその市あるいは県に在住している者である必要があり、この手続きは少なくとも選挙日の4週間前に、市あるいは県へ提出される必要がある。

無党派で選挙に出る場合には、政党所属の場合よりも厳しい基準があり、このため、無党派で当選したのは過去2人だけである。それゆえ、前述の手続きを経て、政党を結成することが実効性のある道となる。次回の選挙での、新同盟の活躍に注目したい。
タグ:政治
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