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2010年11月8日の夜に2011年度の財政法案が可決された。与党の自由党保守党と、協力政党のデンマーク国民党、そしてキリスト教民主党の賛成によるものである。過半数の賛成を取るためには、それぞれの政党に誘因を与えなければならない。自由党は、経済政策に責任感を示し、ユトランド半島西部に高速道路を作ることを合意させた。保守党は、わずかながらマルチメディア税(高福祉の裏にある過酷な税徴収と「いたちごっこ」 参照)の減税とホテル滞在の法人優遇措置等によって、産業界へ利益を取り付けた。デンマーク国民党は、いつもながら移民政策をさらに厳格化させる合意を得た。
しかし、これだけでは過半数にならない。与党は、自由連盟党の賛成を取ることを見込んでいたが、よりドラスティックな経済自由化を進めたい自由連盟にとっては、予定されている減税が十分でないとして、先週末に彼らは交渉の場から退いたところだった。困った政府の目に留まったキリスト教民主党の1議席だった。同党は前選挙では議席を獲得していないが、保守党議員だったペア・ウルム・ヨアンセンが治療休暇取得ののち同党を離党し、2010年6月にキリスト教民主党に入党したため、突如一議席を構成することになった。元保守党議員の彼の賛成票を得るのは難しくない。こうして政府は179議席中の90議席という紙一重ともいえる過半数を獲得し、財政法案は可決された。ウルム・ヨアンセンは今回の件で大きく名前を売った。
財政法案のなかでも、とりわけ大きく取り扱われた合意は、外国人政策の分野である。右翼政党であるデンマーク国民党が政府与党への協力政党としてキャスティングヴォートを握ってきたことにより、2001年以降外国人政策の分野は締め付けは厳しくなる一方である。「愛の難民」は、橋を渡って母国を離れる で挙げた通称「24歳ルール」や、結婚許可は試験合格後に、外国人の生活支援は契約後に で挙げた国籍取得試験や移住試験(予定を過ぎてもいまだに完成しておらず、統合省は苦い思いをしている)はそのいくつかの例であった。
今回24歳ルールに代えて取り入れられた条件が、「ポイント制」である。家族再結合の要件(結婚による配偶者呼び寄せもこれに当たる)に、入国する外国人の教育程度(12年間の教育、つまり高校卒業以上を前提とする)、語学能力(ヨーロッパのメジャーな言語を高いレベルで使える能力)、就業経験が審査の対象となり、それらに応じたポイントを獲得して初めて認可が下りることになった。デンマーク国民党は、この夏以来、24歳ルールを28歳ルールにし、双方が28歳になっていないとビザを出さないという規定を強く主張していたが、これには与党の反発も強く実現されなかった。その代わりに出たのが、今回のポイント制で、これによって、23歳であっても労働市場に統合されやすいとみなされた「有用な外国人」は入国ビザを得ることが可能となった。教育程度、語学能力、就業経験のどれかひとつだけでも満たせばいいというわけではないようだが、具体的な獲得ポイント数等についてはまだ明らかにされていない。
その上、要請される条件は呼び寄せられる側だけに課されるだけではなく、呼び寄せる側にも14項目も課せられる厳しいものとなった。呼び寄せる側も、「ゲットー」と称される移民ばかりが住み、失業率が高い地域に住んでいないことが期待され、その場合にはポイントが得られる。ゲットー問題を解決していくことは、10月の国会開会スピーチでもラスムセン首相が大きく掲げており、財政法案でも現在のゲットーの取り壊しから新しいものの建設までを含めて大きく予算が組まれており、重点課題とみていることが窺われる(ゲットーについては、重要な話題であるため、稿を改める)。
さらに、呼び寄せのための預託金の額は100,000クローナ(現在の円高でのレートでも約150万円)に上げられ、過去3年間のうち2年半以上フルタイムの就業をしている場合とされる見込みだ。学生の場合には、額は少し下げられるようだが、貯金をする習慣のないデンマークで、10万クローナも銀行の凍結口座に入れておくという条件は相当厳しい。また、介護や保育に従事している人はパートタイムで働いている場合も多いうえ、建設業等ではポーランド人等の季節労働者も多い。公共データベースDreamによると、このフルタイム就業の条件がつくだけで、すでに75万人が引っかかり、配偶者の呼び寄せ不可能となると見込まれている(Politiken, 2010.11.12.)。
こうした仕事に就く人たちを蔑ろにしているとして、野党の社会人民党や社会民主党は反発を強めているが、今回の合意が最終的な法案の形で出るまで、はっきりとした野党の対応は決まっていない。党内での意見も大きく分かれているというのが現状だ。こうした厳しい要件は、外国人で滞在ビザを持つ者だけではなく、デンマーク国籍の者にも課されるのか。グレーゾーンのまま明確な回答は出されないままだった。
今回の法改正によって、デンマークの外国人政策がEUの中でも最も厳しいものとなるのは確実、とヨーロッパの社会民主党組織の代表を務めるポウル・ニューロップ・ラスムセン(Poul Nyrup Rasmussen)はいう。彼はこれによって、国内の外国人敵対感情を助長するものになると危惧するが、最終的に社会民主党が同合意にどのように対応するかについては言葉を濁している(Politiken, 2010.11.11.)。その後、社会民主党は公式にポイント制への賛意を明らかにし、ニューロップは自分の党の判断を非難している(Information, 2010.11.12.)。
そしてようやく、呼び寄せる側がデンマークの国籍を持つ者の場合には、課せられる要件の14項目のうち6項目だけを満たせばいいことが明らかになった。デンマーク国民党が強硬な主張を妥協したことになる。前記キリスト教民主党のペア・ウルム・ヨアンセンは、同法案が成立することになると75万人もの外国人が配偶者を呼び寄せられなくなることに驚きつつも、影響力を持つために財政法案に賛成すると決定した以上、その一部を構成する外国人法案の改正にも賛成するとしている(Politiken, 2010.11.12.)。社会人民党もまた党内緊急ミーティングの結果、ビザ獲得のポイント制に合意することを決定し、多くの左派政党支持者を落胆させた。もっとも左寄りとされる統一リスト党の若き党首ヨハネ・シュミット‐ニールセン(Johanne Schmidt-Nielsen)は、この改正を「社会的アパルトヘイト」と呼び強く非難しているが、野党で4議席しかもたない同党の影響力は大きくない。
こうして右派・左派を問わず、外国人政策のポイント制は賛成を受けたこととなり、結婚による外国人配偶者の呼び寄せには、呼び寄せる側が十分な預託金をもち、呼び寄せられる側は学歴、職歴、語学能力に不足ない場合にのみ認定されることが決まった。法案の詳細はまた改めて出されることになるが、かなり厳しいものとなることは間違いない。現行政権の官僚の不祥事が相次ぐなど、「オウンゴール」により、政権交代は確実としてささやかれるが、交代が実現してもも外国人政策が緩和される見込みはあまりないことが明らかになったといえる。
外国人の「選別」をする国、デンマークの姿はヨーロッパの外国人・移民政策でも明らかな位置をもち始めている。