2010年03月29日

介護や医療の領域に忍び寄る受益者負担

前回の更新から、ずいぶんと期間が開いてしまった。一度怠けてしまうと復帰するのはなかなか難しいもので、励ましの声を時々頂くにも拘らず、更新が遅れていた。「失われた一年」に別れを告げて、この辺りでまた、新たに歩みだそうと思う。気まぐれなブログだが、これまでのように読者にお付き合い頂ければ、ありがたい。

書かなくてはならないことは、たくさんある。ちょうど1年前の首相の交代劇から、少しずついろいろなことがまた変わってきている。更新しなかった期間の空白を埋めることも必要だが、それは今後の各記事を通じて補う機会もあるだろうだから、とりあえずは先を急いで、本題に入ってしまうことにする。

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コムーネ(地方自治体)の連合組織である全国コムーネ連合(KL)が、新しい会長を選出した。ホーセンス市で市長を務める、社会民主党のヤン・トロイボー(Jan Trøjborg)だ。彼は、1993年から2001年までの社会民主党政権下で、6つの大臣ポストを経験している社会民主党右派の中堅政治家である。

その人物が、高齢者福祉の領域に利用者負担の原則を導入することを提案し、物議を醸している。税ストップ(変質する普遍主義と福祉の「ムチ」に反撃する市民たち 参照)を政権の大原則に置き、2010年1月からは新たな減税策も実施したばかりの現行政権にとって、課税による収入増は望めない。収入増が見込めないにもかかわらず行った減税によって、政府は250億クローナ(約4000億円)の減収が見込まれており、これらの補填は公共支出の削減で果たさなければならない。そのうち、135億クローナはコムーネ(自治体)の支出を抑えることになっている(2011年から2015年までのコムーネの削減目標は310億クローナとされている)。公共支出の「ゼロ成長」という言葉を使い、これ以上支出を増やさないことにも必死だ。

コムーネは、義務教育課程の小中学校、老人ホームといった地域福祉を管轄しており、支出削減は即、福祉の悪化につながる。しかし、どこかで財源を獲得しないと同じ福祉のレベルは保てない。こういった事情が背景となり、トロイボーの「裕福で、生活に余裕のある高齢者はホームヘルパーの掃除サービスにお金を払うべき」という提案が出てきた。一市長としての発言だったなら、それほど大きくは取り上げられなかったであろうが、コムーネ連合の会長というコムーネの総意見を代弁する立場となるポストについたところであったため、この発言は重要視された。

この提案は、政界では彼自身の社会民主党を含め、各党から激しい反対にあったが、意外にも数日後の世論調査では、国民の58%が、裕福な高齢者がサービスの一部を自己負担することに賛成という結果が出た。すると、ラース・ルケ・ラスムセン首相は「それが社会民主主義の総意なら、考慮する必要がある」(Politiken, 2010.3.15.)と答弁し、今後、利用者負担を考慮する可能性を示唆した。

トロイボーの提案と世論のバックアップを受けて、急進左党はさらに具体的させた収入制限つきの提案を出した。これは、配偶者がない単身の高齢者の場合、国民年金を含めた収入が年間に281.000 クローナ(約500万円)を超える場合、一緒に住む配偶者のいる高齢者の場合には年間328.000クローナ(約574万円)を超える場合に、ホームヘルプは自己負担で受けるようにすべき、というものだ(Politiken, 2010.3.28.)。この提案の基準を採用すれば、7人に1人が自己負担を迫られることになる。

裕福で払える者に負担を強いるという論理は、一見すると社会的公正を追求する社会民主主義にかなっているように見えなくもない。しかし、ここで問題とされているのは、社会民主主義の大前提である普遍主義が脅かされる点だ。デンマークが福祉国家として確立する前の1950年代には、年金の受給資格を持ちながらもそれを使うことなく、貧しい生活をする高齢者は85%にも上っていたが、受給者は半数程度にとどまっていた。福祉は「帽子をかぶったご婦人たち」がお金と暇を使って恵んでやるという、惨めなものとしてとらえられたためだ。こうした反省を含めて、1970年代に誰もが恥じることなく享受できる権利として普遍主義に基づいた福祉制度が成立した。

現在は、一律同額ではなく、収入上限や収入による受給額の増減もあるが、この普遍主義原則によって、何らかの事情で自らの力で稼ぐことができない「弱い時期」に、奨学金、国民年金、失業給付、傷病給付といった社会保障で誰もがサポートされるようになっている。そして、このことで、高齢者福祉の領域でも当然の権利としてホームヘルプなどの介護を無料で受けるものとなってきた。そのため、ここで一部の恵まれた層に利用者負担を強いるという提案は、デンマークが福祉国家として築いてきた価値を根底から覆すものとなる。

現在は、裕福な年金生活者となっている人たちは、これまで労働市場で長く働き、平均以上に税金を納め、福祉社会の財源に貢献してきた。そのうえで、さらに貯蓄までしてきた彼らからさらに利用者負担で福祉費用を徴収しようというのは二重取りとなる。現在も、たとえば老人ホームの家賃(介護自体は無料だが、介護用品やクリーニング代、食費などは別途請求される)は部屋の大きさではなく、どれだけの貯蓄があるかによって決まるなど、連帯的な制度は存在している。それに加えて、こうした現役時の「約束と違う」制度を導入するのはデンマークの福祉のあり方自体を揺るがすものとなる。

トロイボーの前任であった、コムーネ連合の前会長のエリック・ファブリン(自由党)はこの提案に賛成で、それだけではなく、医師の診察を受けるたびに診察料を請求できるようにすべきだ、という提案をしたところだ。それに対して、医療を所轄する広域連合レギオンの会長、ベント・ハンセンは医療の利用者負担の可能性を否定せず、前向きに検討すべきとしている(DR nyhder, 2010.3.25.)。同記事によると、新しく内務・保健大臣に着任したベアテル・ホーダー大臣は現在のところ、この医療領域での利用者負担原則に懐疑的のようだ。

福祉の普遍原則が、福祉社会確立の上で果たした役割は大きい。今の段階では幸い、まだ国民の間でその認識が強いため、すぐにたがを外そうという議論にはならないが、新自由主義的の影響は人々の意識にも浸透してきている。しばしば新聞にも引用され、福祉の意味を問い直すときに使われる表現をここでも引用し、デンマークの普遍主義原則が果たしてきた福祉の意義を確認したい。

Welfare for the poor is poor welfare.(「貧しい者のための福祉は、惨めな福祉だ」)
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2008年04月09日

「優しくない」高齢者の家族は、温かな時間の担当

このところ、高齢者福祉プロパーのインカ氏と先方のブログで、デンマークの「社会支援法」といわれるものについて、コメントをやり取りしていた。福祉の世界では、今も北欧から学ぼうという流れは強いようであり、その関心は絶えない。しかし、数十年前の社会民主主義全盛期に確立した法の下では、多くの保障がされていた弱者たちも、度重なる自由化の波で、受益者負担原則や自己責任といったキーワードで、その保障の見直しが重ねられているのが、現在の流れである。社会支援法(Lov om social bistand)が、社会サービス法(Lov om social service)と名前を変えたわけだが、まさにこれを扱った記事があった。

ちょうど2008年4月8日のPolitikenで、福祉省(前回の選挙によって、社会省から福祉省へと改名された。省庁改組と改名の裏にある意図 を参照)の大臣カーン・イェスパーセン(Karen Jespersen)が、今後は、高齢者の家族がより大きな責任を負い、ケアサービス案に必要な介護の事情などを記入する役割を果たしてもらうことを法案で義務付けるよう、提案したことが報じられている。高齢者福祉の専門家である、デンマーク教育大学のティーネ・フリストルップ(Tine Fristrup)は、この提案は暗に、人手不足が厳しい福祉セクターで人員確保が難しいから、家族の良心の呵責につけこんで、大きな責任を押し付け、さらに介護費用の削減の意図までも含んでいるものだと厳しく批判している。しかし、大臣は、自分の意思は、費用削減ではなく、家族が必要なケアについてなどを自ら書き込むことで、記入者の責任としてその人が判定委員会に参加して、声を聞いてもらえる機会になるという面に向けられていると説明する。

高齢者は、意図に反する政策決定が出されても、自ら抗議活動などをすることは難しい。そのため、彼らの利益を代弁する利益団体、エルドラ・セエン(Ældre Sagen:高齢者の事柄の意味)がある。51万人の会員と(18歳以上で会員になることができる)、1万人を超えるボランティア(デンマークでもっとも大きい)がおり、社会・経済・法律・住宅に関わる相談などに無料で応じたり、孤独な高齢者を訪ねておしゃべりをするボランティアの手配をしたりといったアレンジをしている。

エルドラ・セエンのチーフ・コンサルタントのオラウ・フェルボ(Olav Felbo)は、今回の福祉大臣からの提案にも、家族に対して、買い物や掃除といった実際的な仕事を絶対に強制してはならないし、緊縮財政の市町村が、家族に手伝わせるように法律を悪用することがないようにすることが大切だと述べ、と怒りを露わにする。記事によれば、質問を受けた1000人ほどの実に75%が家族が高齢の家族の面倒を見るのを法律で義務付けることに反対であるという。

しかしデンマークの高齢者福祉は、利用者(高齢者自身)を中心に据え、その人の意思を尊重することを第一になっているため、家族が巻き込まれることで、この高齢者の意思を侵害することになる、というのが議論である。国際調査によると、デンマーク人は、他の多くの国よりも、高齢者介護を国に任せるべきだと考える率が高いそうである。

一夜明けた2008年4月9日のPolitikenでは、福祉大臣の提案が、野党である社会人民党、急進自由党、社会民主党はおろか、与党支援政党のデンマーク国民党からの賛成も得られなかったことを報じている。社会民主党の社会部門スポークスマンであるメッテ・フレデリクセン(Mette Frederiksen)は、「デンマークの高齢者の生活は、家族がいるかどうかによって変わるものであってはならない」と述べ、「(提案は)ラース・ルッケ・ラスムッセン(Lars Løkke Rasmussen)財務大臣と国庫を助けるかもしれないが、高齢者の助けにはならない」と断じる。普段は、移民排斥ばかりで言動の目立つデンマーク国民党も、デンマーク国民のための高齢者福祉には慎重であり、「助ける気持ちは心から来るべきもの」として、反対する。

社会人民党のアストリッド・クラウ(Astrid Krag)は、家族がケアプラン作成などに家族が立ち会うことを義務付ける法案が、高齢者の尊厳を奪うことを危惧する。「政府はそんなことよりも、人材不足を解消する手立てを考えるべき」といい、福祉士養成教育を魅力的なものとしてアピールして新たな人員を確保することと、すでに条件の悪さから離職した人を引き戻すことを考えている。

カーン・イェスパーセン大臣は、自らの提案を、わかるようでわからないレトリックでこう括る。「福祉は、公共の福祉だけのことではなくて、人がお互いにどう接するかということも扱っているのです。」
…老人ホームに投げ出してしまうのではなく、人々が互いに優しくなり、自主的に高齢の親を助けたいと思うことこそが「福祉」ということか。身体的介護など負担になる「実際的な支援」を労働化し、専門化(ある意味、無機質化とも言える)することで、「情の部分」だけを家族が請け負い、高齢者と家族はようやく楽しい時間を過ごす“パートナー”として生まれ変わったと私は考えるが、ここに「優しい、優しくない」といった感情に迫り、その働きかけを自明のものとすれば、福祉は確実に数十年分、後退することになるだろう。

カーン・イェスパーセン福祉大臣はそもそも、「政界のカメレオン」というあまりありがたくないあだ名で知られており、それは彼女が左派社会党(現在は統一リスト党に改編)から社会民主党へ、そして現在の自由党へと2回も所属政党を変えたことによる。今回の大臣の提案は、老いた母親の普通の服はヘルパーに洗ってもらいながらも、自分自身がドライクリーニングの服を少し洗ったりする経験を通して、感じるものがあり、家族の愛(潜在的なマンパワーとは言い過ぎか?)に目覚めたらしい。まるで、某日本の政治家が自分の父の介護経験で目覚め、教員となるものは介護の体験をしなければならない!と1999年の入学者から介護実習を義務化したのを思わせる。まさに、介護のような自主的な精神で思いやりをもって行われるべきことを、法制化・義務化したのは、今回の件と比較されてしかるべきものだろう。日本の介護実習必修化の後、受け入れ態勢の整っていない現場で混乱と不満が生まれたことは、語られている通りである。

東京では、ついに2007年から「奉仕の時間」が義務化されたとのことだが、今こそ「ボランティア」「奉仕」「自ら進んだ気持ち」の意味を問い直し、「愛情」という殺し文句で安価な労働力代替の方法として濫用されてしまうのは防がなくてはならない。いまや、社会の問題は「日本」や「デンマーク」といった一国に留まらず、普遍性を備えているのである。
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2008年01月05日

福祉国家での老人生活の収支

福祉国家での老後の実情は、どうなっているのであろうか。デンマークでは老後に備えての蓄えが必要ないため、国民はあまり貯金をしていないようである。年金で家賃だけ払えれば、老人ホームに入ったとしても、最低限の暮らしが保証されるからである。

普通の国民年金は、15歳から67歳までの間にデンマークに最低で40年居住した人に対して、65歳から支払われる。早期退職し、年金を受給し始めた人に対しては67歳から満額が支払われる。この国民年金に上乗せするような厚生年金のような制度もあるが、ここでは除いて考える。老齢基礎年金額は、2008年現在、月々5,096kr(約11万円)となっているが、年間463,500kr(1060万円程度)を超える収入がある場合には、この基礎年金は支払われない。そのほかに、年間収入が57,300kr(130万円程度)未満の収入の場合には、単身の場合で5,130kr(11万円強)、夫婦二人の場合には7,526kr(17万円程度)が加算される。収入が57,300 krを超える場合には減額され、262,500 kr(600万円程度)を超えると支払われない。

つまり、例えば、とくに退職後職業を持たない年金生活をする未亡人にとって受給する年金額は、基礎年金5,096kr+加算金5,130krで月額10,226kr(23万円程度)となる。一見多額のようだが、これにさらに所得税が課税され、60-70%程度の15万円ほどとなるため、決して高額とはいえない。

しかし、これを基礎として、財産をもたない人に対しては、生活に費用な事柄(例えば、老眼鏡、医薬品、歯科医療、理学療法などには基本的に、高額の自己負担が必要となる)には、援助一時金の支払いに申し込むことができるほか、「老人小切手」と呼ばれる一時金(ボーナスのようなもの)も収入に応じて、年間7,600kr(17万円程度)が支払われる。

そして、さすが北欧と思わせ、面白いのが暖房費補助である。最低限に保障された生活には、食費に加えて、家賃、暖房費、電気代が基本となるため、暖房についても市から補助金が出る。単身の場合、3,800kr、事実婚・法律婚を問わず、夫婦二人暮らしの場合には5,700krを自己負担として、それを超えた場合に補助金が下りる。11,100 krまでの場合には、上記の金額を超えた部分に対して、75%、11,000 krから14,500krまでに対しては同様に50%、14,501krから17,800kr.に対しては同様にその25%が補助金として支払われる。また灯油燃料を使う年金生活者についても、年間5,240 krを上限として、1リッターごとに補助金が支払われる。

ここまでがデンマークの高齢者としての収入になるが、では支出を探ってみよう。旧社会省に委託されて2001年1月にOxford Researchが行った調査に則りながら、老人ホームに入った場合、実際にかかる費用はを確かめてみよう。老人ホームではオムツ等の備品を初め、介護費用はすべてコムーネ(市)から支給されるため、無料である。そのため、受益者負担部分は基本的に家賃、食費、クリーニングや余暇活動に参加する場合の実際的なコストとなる。

老人ホームの家賃は、所得に応じた累進で徴収され、部屋の広さには比例しない。例えば、たまたま空きが出て広い部屋に入居した場合にも、全く所得のない未亡人の場合には、月に892kr(2万円弱)という破格になり、2,703kr(6万円強)が個人負担の家賃の最高額となっている。

そして、家賃、電気代、暖房費に加えて、「サービスパック」と呼ばれる、足のケア、寝具・下着等の洗濯代、個人の洋服の洗濯代を基本として、任意で参加できる美・理容、遠足、保険、その他余暇活動にかかる費用が支出となる。これらの支出を収入から引いたところ、収支決済後に残高がが最も多く残ったコムーネでは、月額で2,944kr(6、7万円)、最も少なかったところで1,705kr(4万円弱)だったという。ここから食費や「お小遣い」を工面することになる。

受益者負担となる食事、クリーニング等の負担金の現状を見てみよう。比較的「裕福」といわれる人々の住んでいる、ゲントフテコムーネのある老人ホームの場合、2008年1月現在で、一食当たり、
・朝食(パンやヨーグルトと飲み物といった簡単なもの)18kr(400円程度)
・昼食(デンマークの典型的なオープンサンドイッチを数切れ)16kr(350円程度)
・午後のコーヒーとケーキ 9.5kr(200円程度)
・夕食(メインのほか、前菜あるいはデザートが付く)58.5kr(1300円程度)
・その他日中の飲み物 7kr(200円弱)
・夕食後のコーヒーとスナック 9.5kr(200円程度)
といった具合である。

そして、任意で申し込むことができる、「サービスパック」に関しては、月々に
・文化的な活動(本の読み聞かせ、音楽を聴く会、フラワーアレンジメントやビンゴなどの活動への参加) 82kr(1800円程度)
・寝具、タオルの洗濯・貸与 257kr(6000円弱)
・個人の洋服の洗濯(1kgあたり14krとして20kg)280kr(6500円程度)
・保険 26kr(600円程度)
・洗面用品(石鹸や使い捨てのスポンジ、保湿クリームなど) 136kr(3000円程度)
・清掃用品(平日には毎日一回掃除担当が入り、バスルームを含めて清掃する) 47kr(1000円程度)
・口腔ケア用品(歯磨き等に関しての備品) 35.5kr(800円程度)

となっている。つまり、ここのコムーネで、年金以外に収入はなくすべての活動に申し込みをした場合、家賃、暖房費、電気代のほかに4,418.5kr(10万1000円程度)が月々かかることになる。前述したように、年金以外の収入がない場合、家賃はおよそ892krとなるため、合計では5,310.5kr(12万円程度)あれば生活できることがわかり、年金収入の15万円程度で十分賄えることが検証された。

デンマークの高齢者ケアも移民や宗教的マイノリティに対しての配慮を余儀なくされるようになり、ユダヤ教徒のための宗教的配慮をした老人ホームなども作られている。広さの基準を満たしていない例が見つかったことが最近また話題になったが、法律によると個人の部屋は最低で15uであり、個人のバスルーム(兼用)トイレ、簡単なキッチンが完備されていること義務付けられている。新しい基準を満たさないものは今、順次改築に当たっている。これまでの生活で使ってきた家具をギリギリまで処分しながらも配置すると、決してたっぷりのスペースとはならない。しかしながら、最低限の個人スペースとケアが最下層の年金生活者にもいきわたるようになっている点は評価されよう。

老人ホームの扱いは、まさに「人生の最後の場所」であり、できる限り自宅での自立生活を尊重し、ホームヘルプなどでやってきた老人がそれでもどうにもならなくなった時に、待機リストに登録し、入居する場である。そのため、入居者の平均年齢は一般に比べてきわめて高く、平均年齢が男性74,8歳、女性79,5歳という日本に比べると格段に若いデンマークであっても、入居者の年齢は90歳を超えている場合も決して稀ではない。100歳になると、女王からお祝いの手紙が来て、市長が挨拶に来るというので、一つの誇りとなる。そんなささやかで象徴的なお祝いをする様子は微笑ましいものである。差は拡大しているとは言われるが、デンマークは世界でももっとも貧富の差の小さい国である。人生の最期に、生活をたったの15uの箱に収め、どの人も同じようにケアを受け生活をすることを思えば、2007年末の恒例の女王のスピーチのように、物質的な豊かさよりも人間性の豊かさを追求していきたいと思わせるのである。
posted by Denjapaner at 03:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 高齢者福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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