2008年01月12日

「ムダ」と「文化」の境界

デンマークでは150年以上も前から、国民高等学校や国民大学とも訳される、フォルケ・ホイスコーレによって、試験のための教育ではなくて、生きるため/人生を楽しむための学校という名で、資格や成績を出さない教育をしてきた伝統がある。コペンハーゲンから電車で北に50分ほどいったところにある、ヘルシングーァという街には、デンマークで唯一、英語で授業を行っているフォルケ・ホイスコーレ、IPCがあり、こうした教育について、日本語で書かれた書籍もあることなどで、そのアイディアは一部の若者を引き付け、常に「日本人は校内で一番の大所帯」といわれるような大きな数の生徒たちを抱えているようだ。

拙稿、リベラルな教育の危機にも挙げたが、市民の文化・余暇活動を支援するのは、市や区に当たるコムーネの役目である。デンマークには、成人教育・社会教育を支援する、余暇教育法(フォルケ・オプリュスニング法)というのがあり、その法律に則ってコムーネは必要な補助金や教室など場所の提供において、サポートをする。この実際を追ってみよう。

いわゆる「○○協会」と呼ばれるような組織は、デンマークには星の数ほど見られ、これらが文化・余暇活動のうえで大きな役割を担っている。共通の目的を持つ人々が集まった団体であれば、その「目的」が合法でありさえすれば、特別な許可や認可は必要なく、誰でも協会を設立できることが憲法によって定められている。趣味的な活動、政治的な活動、宗教的な活動、スポーツ活動など、どんなものであっても構わない。ただし、コムーネから補助金をもらう場合には、会計収支などをコムーネに報告しなければならない。

例として、コペンハーゲンコムーネに、生け花教室を開設したいと希望したとして、実際に必要な作業と受けられるサポートを見てみよう。来るはずであろう生徒たちも仕事をしているので、来られるのは夕方になるだろうということで、「ニッポン生け花協会」という名で、夜間教室(生徒は基本的に18歳以上を対象)の登録をすることにする。

協会設立の要件は以下の通りである。
・活動を定期的に実施していること(毎週一回など)
・総会で承認された規約を備えていること
・誰にでも開かれた活動を提供していること
・活動内容を書面にて明らかにしていること
・基本的にそのコムーネが活動をしていること(たまに別に地域に行くなどは問題ない)
・実際に積極的に参加している会員で構成され、うち少なくとも5人は会費を払っている
・会員によって民主的に選出された理事会を備えている
・会員によるユーザー負担が何らかの形で行われている(例えば年会費など)
・商業的な目的で成立、運営されていない、もしも余剰金があった場合には、協会に委譲される
・協会の組織解消の際には、資産は非営利目的に委譲される

これらのすべてを満たし、申込用紙を書けばよい。それほど難しい要件ではない。簡単にまとめれば、営利目的ではない自助努力による団体であれば、5人以上の会員がおり、民主主義的なプロセスに則った構造を備えているといれば、協会として設立され、夜間教室を開けるということである。

夜間教室として行う場合の要件もほとんど同じだが、さらに理事会について条件が厳しくなり、参加者(生徒)の最低一人は理事会のメンバーにすること、会員・会員組織から選出あるいは任命された5人からなる理事会を構成する必要となる。

協会の規約には1.協会の目的 2.理事会の選出と理事会メンバーの数 3.会計と資産、経理担当の選出 4.協会の所在地 5.会員条件 6.会計の確認サイン 7.規約改訂の過程 8.教会閉鎖の際の資産の利用 が載っている必要がある。

コムーネからの補助金は、講師の給与、講師研修のための費用に対して、30%上限として支給される。そして、年金生活者、失業保険給付金受給者、生活保護受給者、早期退職者、職業上一人前ではなく、見習いの立場にある者、奨学金を受け取っている学生は、参加費用に対してコムーネから補助金が支払われるので、本人の参加費用は通常よりも安くなる。また、聴覚障害など何らかのハンディキャップを背負っている人の場合には、より多くの補助金が下りる。

教室については、基本的にコムーネ内の小・中学校の放課後(17時以降)を貸し出すのが普通であり、コンピューター教室やヨガ教室といった特別な器具や機能を備えた教室が必要となる場合には、そういった部屋を借りるための補助金も出る(私立・民間の施設の場合、75%を上限として補助)。

まとめると、「ニッポンいけばな協会」の夜間教室は、コムーネにある小・中学校の夜間の空き教室を利用して、講師謝礼の70%を受益者負担で賄う形で簡単に実施されることになる。

また、若者を対象とした組織の場合には、別の可能性もある。例えば、25歳までの若者を基本的に対象として、空手教室を実施することにしよう。

補助金は、一人につき年間200krの基礎補助と、活動時間と人数に応じての活動時間補助が下りる。活動時間補助を受けるためには、参加者のうち、過半数が20歳以下であるという条件が加わるが、それを満たせば、42週を上限として一時間につき25krの補助金が支給される。つまり、週に2時間実施される25歳以下の生徒20人で構成される空手教室で、20歳以下の生徒が12人いる場合には、

200kr×20=4,000kr(年間の基礎補助金)
25kr×2(時間)×42(活動週)=2,100(活動補助)
この合計の6,100krが年間の補助として支払われる。

経理が入ることになっているが、年間で200,000krを超える補助金を受給する場合にのみ、国の公認会計士が入る必要があるが、それに満たない場合には協会内で選ばれた会計役を宛てるだけでよい。

そのほかに運営補助としても、教室の開け閉め管理、清掃費、光熱費などを含め、75%を上限として支給される(25歳以上の会員が10%以上いる場合には、減額される)。

日本でも、公益を目指した民間団体を支援する法として、1998年に特定非営利活動法が認められたが、政治活動・宗教活動は禁じるほか、税制上の優遇などもなく、法人格の獲得以外にメリットが少ない認証と比べて、デンマークのこのフォルケ・オプリュスニング法は、メンバーがどこの誰かという名簿を届け出る必要もなく、合法でさえあれば活動に対する認可もいらず、目的が学習等の私益であっても補助金を受給できるという点において、かなり自由度を保ったものである。

方向としては、フォルケ・ホイスコーレも衰退の傾向にあるうえ、こうした事情で設置される夜間学校も補助金の減額や十分でないモチベーションによって、実質的な技能などを身に付ける場というよりも、その時間を仲間と楽しく過ごす場のように変遷してきている。残念なことだが、研究の価値をも測り、最もよい製品を届けたところへ補助金を出そうという即物的、かつ新自由主義的政府の意向の下には、「生きるのに必要でないスキル」を学ぶことに対する援助を得るのは、難しさを増していくだろう。こうしたスキルを合理主義的考えによる「ムダ」と呼ぶか、「文化」と呼ぶかは、社会の成熟度にあるように思われる。
posted by Denjapaner at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 成人教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

リベラルな教育の危機

日本でもデンマークに関する本を何冊も読んでいるような人だったら、「フォルケオプリュスニング」という言葉をご存知だろう。デンマークの成人教育を語る上で大切なキーワードである。
清水満は、『生のための学校』(新評論、1993年)において、この言葉を「民衆の生の自覚」と訳していたと記憶している。英語のenlightenmentに当たる言葉で、デンマーク語でもまさに「光を与えること」という意味なので、「啓蒙」と訳されることもあるが、「無知蒙昧のものを啓く」といったニュアンスはないため、「生の自覚」と訳されたのだろう。

毎年8月の終わりから9月の初めになると、あちこちの成人教育機関からさまざまなコースを提供するパンフレットが各家庭に送付される。夏の間は、21時22時になってもまだ明るいので、バーベキューや庭の手入れに忙しくしているデンマーク人も、秋になり冬になると、長く暗い夜の時間をもてあますため、語学を始めてみたり、コンピュータのスキルを磨いたり、ダンスやギターを習ったりと、夜間教室に通うのである。

労働組合が組織しているAOFやFOFといった成人教育協会が中心となってコースを組織し、小中学校の教室を夜17時頃から借りて授業を行っている。以前は国からの補助金により、生徒たちはほとんどただ同然で参加することができたが、2001年11月に発足したアナス・フォー・ラスムッセン(Anders Fogh Rasmussen)を首相とする自由党・保守党連立政権は、新自由主義の影響の下に受益者負担の原則の適用対象をどんどんと広げてきている。その結果、国からの余暇教育への補助金は大幅に減額され、2000年に2600万krだった補助金が、たった7年後の2007年では660万krまで減額された。実に8割近い減額である。

現実に、コースがどのように組織されており、ランニングコストはどうなっているのかを、一般的な語学のコースから見てみよう。例えば、1回2時間のコースで全10回の場合、自己負担金は700krとなっている。申し込み生徒数が7人に満たない場合には、クラスは不成立となる。つまり、生徒数が最少の場合には一回につき、70kr×7=490krの収入のみとなり、支出は講師謝礼だけでも238kr×2(時間)の476krとなるため、光熱費、学校の賃貸費などを合わせると、人数の多い人気コースで「稼が」ないと補助金なしにはとても回しきれないことがわかる。

講師と協会の関わりとしては、講師がコースの紹介パンフレットに載せる文面を作ることと、コース終了後に出欠名簿を事務局に送り返すことの二点だけで、授業等に関してはすべて講師の裁量に任されている。協会は、講師の獲得、コースの宣伝、給与の管理といった事務的な部分にのみ関わり、生徒から協会へのフィードバックなども特にないうえ、試験などももちろん課されない。

2000年、2003年に行われたPISAの国際学力調査で、同じ北欧のフィンランドに大きく差をつけられたことでデンマークの教育界はショックを受けた。これを契機として、教育大臣ベアテル・ホーダー(Bertel Haader)は、いわゆる教科に関連した「学力」を向上させることに予算を優先的に回すことを決定した。しかしながら、これまで余暇教育等から培われてきた、コミュニケーション能力、学習能力、文化表現能力といったものが軽視され始めているのは、残念な傾向といわざるを得ない。

デンマークの若者は大学に入るのも遅く、卒業までも時間をかけるため、オランダの場合には26歳以下である、労働市場に入る年齢は、デンマークでは30歳に近くなる。学業を終えて就業時の平均年齢が、ただ1年早まるだけで25,000のフルタイムの仕事をカバーすることになり、失業を救うという計算もある(2007年7月9日Politikenより)。このように、高等教育が政府の批判と見直しの対象となり、「コストがかかりすぎる」という批判とともに、日本やアメリカのようにストレートで進学・卒業することを支援する政策(早く卒業した学生には報奨金を出す、あるいは長くいる学生には奨学金をストップする等)も次々と提唱されている。これまでは、高校を卒業してから、進学するまで、ちょっとアジアや南アメリカで数ヶ月バックパッカーをする、といった「人生を学ぶモラトリアム期間」(サバトオーと呼ばれる)をもつ若者も多くいたが、先日はこういった事情を反映して、「週刊A4」による調査では、大学入学資格となる高校の卒業試験を終えて2年以上経ってから大学に入学するものは、10人に1人だといった記事もある。2009年からは、卒業試験後2年以内に大学へ入学すれば試験の成績を1,08倍にしてもらえるという優遇策も出ることになっているため、さらにこの傾向は強まっていくといえよう。

大学・建造局によると、昨年の大学新入生の平均年齢は22,4歳で、これは2002年に比べて0,4歳下がっているという。教育の自由の名の下に、大学までの完全教育費無料を実現してきたデンマークでは、学生へSUという奨学金が国から支給される。多額ではないが、親元から離れて暮らしている学生の場合、2007年現在で毎月4,852kr(約10万円)であり、寮などに入って節約すればアルバイトの必要ないくらいの額が全員に支給されている。(親元に暮らしている場合には、2412kr=約5万円となる)このSUを受けている学生であれば、電車の定期券も割引になるなど、色々と学生に対する奨学は行われているが、逆に言えば、学生への優遇がSUの給付と隣り合わせになっているため、もしも卒業まで時間がかかりすぎているといった理由でSUを失うことになれば、死活問題となることは明らかだ。

効率性、生産性ばかりを重視する政策によって、デンマークのリベラルな教育・学習の中から培われてきた、人々のディスカッション能力、物事を批判的に捉える力などが失われていくのを危惧せざるを得ない。
posted by Denjapaner at 01:37| Comment(0) | 成人教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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