2008年05月16日

世界一幸福な国と抗鬱剤消費の関係(2)

「世界一幸せな国」として、デンマークに関心を寄せている方が多いようだ。誰もが幸せになりたくて、世界にある「幸福な国」からそこへ至る鍵を掴もうと検索しているのかと思うと、このブログが単純にその鍵を差し上げられないことは胸が痛むところもある。

それと同時に、「自殺」というキーワードで当ブログに見える方もいる。北欧は自殺が多いという言説があるからだろうか。増加する抗鬱剤の服用については、以前の世界一幸福な国と抗鬱剤消費の関係 において触れ、その有意に見える相関関係を示唆したが、無論「日本でももっと抗鬱剤を処方すれば、幸せになる」という極論に至るつもりはない。ただ、成人の2割が自殺を真剣に考え、周囲に自殺をした人がいる者が3割にも達する今、精神的疾患を個人的な問題に片付け、周囲に悩みを漏らせない環境より、サポートをしてくれる医療が必要なようにも感じている。

人々が他のどの国の人々よりも幸せと感じている一方で、抗鬱剤の消費(鬱病患者の他にも、抗鬱剤は性欲を低下させるとして、施設で暮らす障がい者や高齢者などに必要以上に投与している傾向も指摘されている)や、アルコール・薬物の乱用者・中毒者が多い現実もある(青少年のアルコール・薬物との関係は、若き現代版ヴァイキングの暴挙 を参照されたい)。ストレスとともに生きていかなければならない現代で、精神的な病気になることをタブー視せず、吐き出していく様子は、内に籠もって自らを破壊してしまうより、「幸せ」なのか。

北欧の国は冬の日照時間が短いため、鬱になる者が多く、自殺も多い。とくに暗く長い冬から春に向かう頃が一番多いらしい、などとまことしやかに話され、それなりに信憑性もある。フィンランドは群を抜いて自殺件数が多いし、デンマークでも1980年頃に自殺件数が非常に多かったのは事実である。しかし、それを頂点として、順調に数を減らし、今はピーク時の4割程度にまで下がり、現在は、とくに自殺が社会問題として取り上げられることはない。

まずはグラフで1922年から1999年までの推移を追ってみよう。

selvmord.wnm.dk.jpg クリックで拡大。縦の軸は、人口10万人当たりの自殺者の数。男性(青線)が常に女性(赤線)の2倍から3倍の数であるが、両曲線はほとんど並行していることが見て取れる。




もう少し詳細に、年齢ごとに見てみよう。1981年をピークとして順調に減少しているのがはっきりとわかる。

selvmord_phixr.jpg クリックで拡大。左の縦軸は、年齢別。上より「総計」「0歳」…「85歳以上」となる。右は太字が年号であり、そのすぐ下にあるのは、総計自殺者数(表はデンマーク統計局のデータよりDenjapanerが作成)。2005年はこの時点で集計済みデータではなく、最終的には628人だった。

80歳以上という高齢者を除いて、すべての世代で劇的に数が減少しているのがわかるだろう。自殺が社会問題であった70年代末にオーデンセ大学の精神病研究と関連して設置され、福祉省(当時は社会省)の傘下になっている独立研究機関、自殺研究センターの研究課題を見ると、現在は「高齢男性の自殺率をどのように抑えるか」という研究に推移しているのがわかる。

デンマーク国内で、現在およそ1日当たり2人が自殺をし、裏にはその10倍の数の自殺未遂者がいるという。精神科医のビャーネ・ハンセン(Bjarne Hansen)は、「自殺は周囲を罰するため」「自殺未遂は(その後に気遣うよう)周囲を操作するため」と言われることがあるが、実際の調査によると、自らの命を絶つことで不条理を告発するといった「周囲を罰する」ケースはごく稀であるし、自殺未遂はその後20年にも亘って繰り返される惧れが続くので、自殺未遂者を慎重に扱う十分な理由があるとして、これらを「誤った神話」と断じている(Information、2003年6月24日)。彼は、健康な人を幸せにはしないが、病気の人の鬱にある状態を正常に持っていくことはできるとし、ラッキー・ピル(幸福の錠剤)と呼ばれる抗鬱剤が80年代以降の自殺者の減少と関係があることは疑いがない、という。

上記記事が書かれたのは5年前だが、つい先日2008年4月15日にオーフス大学から発表されたばかりの調査では、抗鬱剤の消費と自殺者減少の相関関係はこれまで言われてきたほど強いものではなく、自殺数減少に抗鬱剤が貢献している割合はほんの10%であった、と発表した。以前のスウェーデンの調査でも、25%と出ていたらしいが、彼ら自身が行った調査では50歳以上の自殺者のうち、抗鬱剤を服用し鬱病の治療を受けていた者は、5人に1人だったという。

調査グループのアネッテ・エアランセン(Anette Erlangsen)は、「国際的な調査が、自殺に至るまでに75%の人が鬱状態にあることを感じていたことを示す一方で、私たちの調査は自殺をするまで治療を受けていなかった、非常に大きな集団がいることを明らかにした。お年寄りが悲しい状態であるのは当たり前の生活の一部ではないのだから、高齢者に(医者が恐れることなく)もっと鬱病の診断を出すことを指摘することが大切だ」という。この調査は、鬱病の診断を増やすことで、救える命があることを明らかにすると同時に、これまでの30年近くに亘る自殺数減少の原因が別にあるとも示唆している。

国による自殺数のデータは様々であり、統計データを公開したがらない国も多々ある。そんな中で、積極的にデータを公開し、問題と向き合い対処してきた姿勢は評価されて良い。超過労働や不安定就労といった社会構造や企業体質に起因して鬱を発病した者さえも自己責任という言葉に片付けるような風潮はなく、こうした形で「透明性」や「公開性」を確保することで人間が弱いものだということを認め、病気と診断して庇護することに繋がるのだとすれば、抗鬱剤を大量投与しても(薬代は自己負担だが)、人々は幸せになれるのかもしれない。
posted by Denjapaner at 01:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 医療問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt:  昨年の全国の自殺者数がまたしても3万人を超えるという。以下、共同通信(2008/05/27 17:31)より。  全国で昨年1年間に自殺した人の数は3万人を超える見通しであることが27日、分かった..
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Tracked: 2008-05-28 07:16
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