看護師、放射線技師、臨床検査技師、助産師といった職種の人々のストライキによって、デンマーク全土の病院で、検査、治療、手術等が丸一週間もキャンセルされ続けており、まだ続いていく見通しである。それと同時に、国内全土ではないが、保育園・幼稚園のヘルパー、福祉施設の介護福祉士たちもストを決行し、高齢者は入浴介助やベッドメイキングなどのサービスを一切止められ、最低限の援助だけ受ける状態を甘受し、子どもを持つ親は仕事を休むか、職場へ連れて行くことを余儀なくされている。
しかしながら、これだけの不便を余儀なくされていても、10人に7人がこのストに共感的であることは、民主主義が育てる労働者の権利への理解 においても述べた。男女平等がある程度達成されたデンマークにおいても、看護、介護、子どもの世話という領域は、伝統的に女性の仕事であり、以前よりは流動化しているものの、現在も「女性の職域」であることは明らかである。今回のストライキは、これを全面に出し、「実質のところ、これらの職における賃金が(同じ教育期間を要する別の職種と比べて)十分に高くないのは、女性の能力が男性と同等と認めていないことに当たる」と今回の賃金アップの要求が、女性の地位の向上にもつながる意義を強調している。
1週間を目前にした昨日は、各戸へもカラー冊子を配布して、FOAは更なるサポートを呼びかけている。普段は、社会民主党を初めとする左派勢力とは意見を異にするデンマーク国民党も、デンマークの高齢者の介護などの問題になると、殊に視点が優しくなり、今回のストも社会民主党(党首ヘレ・トーニング・シュミット:Helle Thorning Schmidt)、社会人民党(党首ヴィリー・ソウンダール: Villy Søvndal)、デンマーク国民党(党首ピア・ケアスゴー: Pia Kjærsgaard)は理解と支援を表明している。与党へ閣外協力をしているデンマーク国民党と、野党第一党の社会民主党、そして今回の選挙で大躍進を遂げた社会人民党が集まれば、この争点においては過半数を構成することができる。そのため、FOAも積極的にこれらの政党の支持層を取り込むことに躍起になっている。
FOAのストへの理解を求める冊子に載っていた風刺画。(政治家を醜く描くことは慣れたもので、こうした絵を見ているとムハンマドの風刺画の背景が理解できる。)歳を取って、三人で老人ホームに座っている。左は社会人民党のヴィリー・ソウンダールで、「俺は言っただろう?だからあの時、あいつらにもっと給料を上げるべきだったんだ…」とつぶやいている。真ん中は、デンマーク国民党のピア・ケアスゴー、右は社会民主党のヘレ・トーニング・シュミット。壁には、「サービスの告知 食事とオムツの取替え 1日1回(食事介助と同時に)、風呂 2週間毎、掃除 3週間毎、買い物 家族が行うこと」と痛切な貼り紙が貼られている。しかし皮肉なことに、こうしたストライキが公的セクターの病院自体を潰していくことになるという論調も見られる。2008年4月21日のJyllandspostenの記事によると、医療を担当するリージョン(広域連合)の会長であるベント・ハンセン(Bent Hansen)は、公立病院がこうしたストによって麻痺している間に、患者たちは民間の病院に押し寄せる現象が続いているが、さらに4週間以内の治療を保証する「治療待ち時間保証制」(医療費無料の現実と民間健康保険人気という歪み 参照)によって公庫負担で民間の病院にかかることになり、長期的に見て、結果的に公的セクターが縮小されることに繋がることを危惧している。この新聞の読者層が、ユラン半島の保守層ということを鑑みても、ストを早期終結させ、小さな政府によって国庫の負担を減らしたいという思惑が見える。
このストライキの期間中、労働者の賃金は労働組合によって補償され、その支出は一日当たり3500〜4000万クローナ(約8億円)にも上るといわれるが、資金不足を理由にストを終わらせることはないと、看護師協会の会長であるコニー・クルコー(Connie Kruckow)は強気である(ネット・ビジネスニュース、2008年4月22日)。「資金の蓄えは、7億クローナ(約150億円)ほどあるし、さらには不動産を売却したり、借りる当てもある」としている。看護師協会は、このストライキ期間中、毎日1500〜2000万クローナほど支出しており、このFOAの闘争は、10日で2億クローナ(約50億円)もの補償を要している。来週の4月29日からはさらに12,000人が新たにストライキに参加することが決まっており、支出は10日で3億クローナ(約70億円)とアップすることが見込まれている。FOAのストライキ用の資金は10億クローナ(約230億円)といわれているから、その堂々とした「戦いぶり」には圧倒されると同時に、いかに「本気で」「勝つつもりで」問題に対峙しているかがわかるだろう。
2008年4月23日のPolitikenでは、今回のストがどこから発祥し、どういった背景をもっているかを描いている。それによると、ユラン島の西部にあるホルステブロ・コムーネの片田舎の厳しい現実が見て取れる。
老人ホームの忙しい毎日。お昼休憩の合間に、同僚たちとその労働条件の厳しさについてこぼす。折しも、同僚のうち3人が近所の窓ガラス工場でノンスキルの仕事をすることにしたと、辞職した。これによって時給が20kr(約500円)もアップするという。自分たちは、教育を受けて誇りを持って高齢者の世話をしているのに、何のスキルも要しない仕事に転職すると給料が増えるのか。こうして、2007年6月17日にコムーネ全体で労働条件の改善を求めて12日間にわたるストを行い、全土へ広がった。そして、2007年10月2日の国会開会に合わせてのデモでは5万人から9万人(主催者によってデータは異なる)を集め、ここで「もっと働き手を、もっと給料を!」のスローガンが書かれた赤い手のプラカードが初めて日の目を見た。(民主主義におけるデモンストレーションの影響については、市民の声を届け、効果を挙げる民主主義のあり方(2) を参照されたい。)
納得がいかず、職場の会議にかけ、意見を聞く。同じ不満を抱えている。別の部署では?やはり同じだ。別のホームでは?同じ状況だ!こうして、コムーネ全体で一つの結論に達した。…もうやっていられない。
FOAの代表であるデニス・クリステンセン(Dennis Kristensen)は、今回のストを第3波女性運動として歴史に残るものになると意義付ける(2008年4月23日、Politiken)。第1波は100年前(ちょうど数日前に100周年を迎えた)に女性が参政権を勝ち取った時。第2波は1970年代に労働市場に参入した時。そして今、賃金などの条件から、男性と同価値であることを認めさせるとき。
確かに、EUの分析機関ユーロスタットの調査によると、デンマークの男女間賃金格差は、2006年現在で18%に上り、2001年には15%であったことから見て、拡大しているという。そして、これはEU諸国の中でも16位という低い地位であり、ポルトガル、ポーランド、エストニアなどよりも男女賃金格差は大きいことが指摘されている。同一労働同一賃金はほぼ達成されているデンマークの公的セクターで、一方の性が占めている職種の賃金がもう一方の性の占めている職種と比べて十分でないことを理由として、構造的男女差別という点に着目したことは大きく、またそれなりの勝算も望めるのではないだろうかと個人的には思っている。今後、どれだけストライキが長期化するかどうかはまだ様子を見る必要があるが、最終的な判断の影響は賃上げという表面的な問題だけではなく、社会における女性の権利にまでも及ぼすものになるという見方ができるだろう。


