2008年04月04日

職業短期大学の発足とペダゴジーの範疇

デンマークに視察にやってくる日本人の間でも、教育・福祉に対する関心は高い。しかし、グローバリゼーションの波を受けて、ヨーロッパとの規格統合や、国際的競争力の向上等を図る必要に迫られ、高等教育の現場でも組織的な変革がどんどん進んでいる(「授業料無料・奨学金付き」大学における学問の自由 参照)ため、その変化の流れを掌握するだけでも大変である。そこで、教育システムの紹介として、新しく2008年1月に発足した、職業短期大学について書いてみたい。

この学校は、英語ではUniversity Collegeと訳され、大学が研究を目的として基本的に修士(5年間)以上を養成する機能・目的を持つのに比べて、それほど長くない期間(3年半)に、職業と関連した実践を重視しつつも理論面でも充実した教育を行うことを目的として、教育機関を統合する案が出され、それが2007年6月1日に国会で承認されたのを受け、2008年1月から機構として成立した。これまで、高等教育というと大学での修士が基本になっていたデンマークに、ヨーロッパの他国と互換性が効くようにとの配慮から、学士の学位が導入されたことを受けている。国民の教育程度を測るのに、高等教育の学位を持っている者の割合とされるため、他国との比較がしにくく、学士を導入しないと一見しデンマークでは教育程度が低いと映るためでもある。

この職業短期大学は、これまで、継続教育センター(CVU)など中期継続教育機関として機能してきたものと、教員養成大学などを国内8つに統廃合し、様々な職業を養成する学校として発足させたものである。ここでは、学校教員、ディプロマ・エンジニア(工科大学で取得される「シビル・エンジニア」と呼ばれる学位は、この上に2年間つく教育課程でレベルが高い)、看護師、ペダゴー(主に保育士。後に詳述)、理学療法士、ソーシャルワーカー、助産師、手話通訳者など、実に多岐にわたる職業が、(言ってしまえば)同様に3年半ほどの教育期間だという理由で一つの機関に集約されたことになる。修了すると、それぞれの学科の専門に応じて、「職業学士」という学位が授与される。しかし、学科ごとにあまりに専門性が異なるので、評価機関が、職業短期大学に対する評価・勧告を出すにしても、全体を総括した一般論に留まってしまっているという批判も耳にするが、正式な評価はこれからだろう。

ここで養成されるペダゴー(pædagog)という職業は、基本的に保育士であり、幼稚園・保育園で子どもを相手にする者が大部分だが、その細分化された中には、障がい者や社会的弱者に対する教育的支援をするソシアル・ペダゴー(ソーシャルワーカーに近いところもあるが、社会教育士とでも訳せる。後述)、アウスペニングス・ペダゴー(リラックス・運動療法士。作業療法士に近いようだが、それは別に存在するので、異なるようだ。)という職業もあり、単純に保育士という言葉では包摂できない職業であり、これ以降はペダゴーと書く。今回は、このペダゴーを例にとって、その教育がどのように行われるかを見てみよう。

上述のように、ペダゴーの養成期間は職業短期大学における他の学科と同様に、3年半である。半年を1期として、7期に分かれ、以下のように現場での実習と学校での学びを繰り返す。(以下はペダゴー養成のものであるが、恐らく職業短期大学で行われる他学科の3年半の教育もほぼ同じ経過だろう。)2001年9月以降から、ペダゴーの教育も職業学士を授与するものへと変わり、学位を出している。

第1期 20週間の学校での授業
第2期 12週間の実習と8週間の学校での授業
第3期 26週間の実習
第4期 20週間の学校での授業
第5期 20週間の学校での授業
第6期 26週間の実習
第7期 20週間の学校での授業

こうして、教室で理論を学ぶばかりではなく、実習と省察、理論学習を繰り返すことで、実戦に即したスキルを備えた人材を育てるというのがデンマークの教育システムの伝統である(しかし、理論学習が強化される傾向にあることは、実践経験での学びは理論学習に駆逐されるのか でも指摘した)。

また、ペダゴーの養成課程に進学を希望する者が減っていることも、進学状況から見える現実 に載せたが、この職は老人介護などと同様に言葉の面でハンディキャップを負う移民にとっては、職を得やすい場でもある。こうした資格を備えない者も、ペダゴー助士として、非正規雇用の形態で働いているのが普通である。

デンマークでは、教育が無料であることは知られているが、むしろ無料はいうまでもなく、教育はステップアップのための投資期間であると捉えられる。学生となって教育を受ける期間は、働いてお金を稼ぐことができないため、その損失給与を「補償する」ため、多額ではないが生計を立てられる程度の奨学金(SUと呼ばれる。リベラルな教育の危機 参照)が支払われている、というのが私の解釈である。そのため、この3年半の期間の間、例えば親元から離れて暮らす者の場合、毎月10万円ほどが奨学金として支払われ、さらに第3期と第6期に行われる実習期間は「生徒の給与」と呼ばれ研修期間中の給与(月額約8.000kr、18万円程度)が出る。そして、このSUという奨学金は、在住年月や国籍などの要件を満たせば外国人であっても受給できるので、移民にとってデンマークで教育を受けるモチベーションにもなっている。

この職業「ペダゴー」のうち、ソシアル・ペダゴーの紹介をしたい。省庁改組と改名の裏にある意図 にも書いたように、デンマーク語で「社会(social)」という言葉は、社会福祉を意味する場合が多くある。旧Socialministriet(社会省)を初めとして、Socialraadgiver(ソーシャル・アドバイザーというのが直訳だが、ソーシャルワーカーのこと。日本の社会福祉士のように医療的な裏づけよりも、司法的な支援に重きを置いているように思われる)、socialpaedagogik(社会教育)など。社会的弱者に対する支援という要素の強い言葉である。そのため、ソシアル・ペダゴーの扱う案件も、障がい者、ホームレス、薬物乱用者、親のアルコールや薬物問題によって施設に入っている子どもなど、多岐にわたる。ADHDや自閉症の子ども、発達障害を抱える者(成人・児童、双方を含む)、精神病患者、ホームレスなどのケアに、このソシアル・ペダゴーが関わり、他の公的支援期間と協力しながら、人々の自立した生活を支援している。日本の精神保健福祉士の領域をカバーしているといえるだろう。

先日の記事 納税者である売春婦は、犯罪者になるべきか のコメント欄にオアゾーさんから頂いた質問にあった、「障がい者教育のプロ」というのは、このソシアル・ペダゴーが該当するはずである。この質問への回答を考えていて、そのインスピレーションからこんなに長い記事を書いてしまった。ソシアル・ペダゴーの障がい者に対する性教育(あるいは、性へのアクセスの機会)についての話も書きたいが、回を譲ることにする。

ソシアル・ペダゴーの根底にある職業上の倫理と理念は、以下のように定められている(HPより)。この理念からは、福祉というよりも、教育と政治的な意思さえも感じられる。

・一人ひとりが、日常生活、社交的な集まり、社会生活に積極的に、そして同等の価値を持って参加する能力を獲得する、あるいは回復することを支え、助けること
・彼らなりの専門性で社会の議論に貢献することで、社会における社会の公正さを実現すること
Pedagogicという言葉は、古代ギリシャ語の「子どもを導く術」から来ているといわれるが、英語でも「教育学上の」という形容詞として現在も使われ、古くはpedagog(ue)という単語も「教師」を意味するものとして使われたらしい。これが今、デンマーク語で保育士から運動療法士、精神保健福祉士辺りまでをカバーしてしまう概念として使われていることが興味深い。ただ人間に学習の機会を提供するだけではなく、教育が心理学や福祉とも結びつくことでより包括的にその可能性を実現していることに興味を覚える。

ウィキペディアの社会福祉士の項に、以下のような記述がある。

(前略)現在は保健医療分野におけるソーシャルワーカーの基礎資格としても認知されてきており、将来的には保健、医療、福祉の分野に止まらず教育、産業、司法分野においての活躍も期待され、横断的かつ包含的なソーシャルワーカーの国家資格として発展していくことが期待されている。(強調は引用者)

日本では、教育学というと学校教育ばかりを考える傾向があるが、ペダゴジーの解釈から、社会教育の総合的(interdisciplinary)な研究の姿と今後の教育学の幅広い応用可能性が見えてきたようだ。
posted by Denjapaner at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育政策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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