2008年03月09日

納税者である売春婦は、犯罪者になるべきか

3月8日の「世界女性の日」は、日本ではあまり知られていないが、恐らくデンマークでは誰もが知っている日なのではないだろうか。当日だけではなく、その数日前からメディアでも「活躍している女性」の記事が増えたり、話題に上ることが多くなる。今年は、たまたま土曜日に当たっているため、表参道の国連大学は3月10日にイベントを移したようだが、日本でもこうした機会を増やし、せめて1年に1回くらい、性別を焦点にした視点で現状の問題を振り返ることは意義があるように思う。

今回の「世界女性の日」を機に、このところデンマークで話題になっていることの一つに、売買春の規制がある。スウェーデンでは、売春は違法ではないが、買春は犯罪とされる。それに対して、デンマークでは売買春は合法である。もっとも、デンマークで正式に合法とされたのは、1999年の刑法改正以来であるが、現実にはもっと前から公然とされていたという。つまり、この売春合法化によって、デンマークでは18歳を超えていれば、売春婦たちはその売り上げを主要収入とし、自営業者と同じように確定申告をして所得税を納めることになっているし、50,000kr以上(120万円程度)の収入になる場合には、買春の支払いの際に消費税に当たる25%の付加価値税も課されるということである。(しかし、いわゆる「法に合致した職」というものでないので、労働市場法の失業給付等に関しての条項は適用されない)。

コペンハーゲン中央駅の裏の通りやその近郊では、いかにもな感じの露出の多い服装の女性たちが客待ちをしており、それを値踏みするように車の中から眺めて声をかける男性を見ることもある。しかし、路頭に立つ娼婦はそれほど多くなく、ほとんどはマッサージサロンのようなところでサービスをしているという話である。2008年3月7日のPolitikenによれば、デンマークでは14%の男性が「これまでに買春行為を行ったことがあ」り、そのうちの66%は「1回から3回程度」と答え、33%が「定期的に買春行為をする」と回答した。

売春婦たちは外国(多くの場合、東ヨーロッパや、アフリカ、東南アジアといった国)から来た/連れてこられた外国人であることも多い。4500人から6000人ほどいるうち、約2000人が外国人で、そのうちの半分は東ヨーロッパからの女性である。そうした中で、稼ぎを元締めに供出するシステムや、人身売買、薬物中毒、脱税、元締めや顧客からの暴力といった、犯罪と関わることが多いとされ、こうしたことから心的トラウマ(PTSD)を患う元・現売春婦たちも多いという。

こうした事情から、世界女性の日(デンマーク語では、「世界中の女性と連帯を感じながら、闘う日」という感じで、女性という性に纏わりついた不利益・不平等を是正するために「闘う」日という要素が強い)と関連づけて、売春を非合法化させようという勢力と、自らの意思で産業に従事している「幸せな娼婦たち」、そしてその中間の「売春婦たちに年金や疾病保険の権利を与えよ」という権利保障派とが議論を重ね、デモンストレーションなどを行っていたのである。(こうした権利を保障するために売春を合法化し、一定の成果を挙げたとされる国にオーストラリアがある。ウィキペディア「売春」、「諸外国の事情」の項参照)

デンマーク女性協会では、「男性よ、(この問題に関する、自分の)意見を明らかにせよ」、というキャンペーンを行い、「今こそ買春を禁止せよ!」と、たくさんの関連団体との協同により、3月8日に市庁舎前からクリスチャンハウン港までのデモンストレーションを企画した。彼らの主張は主に、1999年に買春を非合法としたスウェーデンを例に、デンマークででは合法であるために、性産業に従事する/せざるを得ない女性の数が増えている(90年代初めには1500人程度だった娼婦たちが、現在6000人近くまで膨れ上がった)と論じ、これに法的規制をかけることによって、貧困から抜けられない女性や外国から連れてこられ性奴隷のようにさせられている女性を救う、解決の糸口とすることである。こうした主張はフェミニストたちから根強い。

彼らの集計によると、2000年から2007年までのデータで、買春を@規制している国、A規制していない国、B完全合法化している国、では、性産業に従事する人の数に明らかな差が出ると示している。(数値は人口100万人当たりの売春を行っている女性の数)
@規制している国 スウェーデン 220
A規制していない国 ノルウェー 585 (2008年から規制が行われる決定がされた)
          デンマーク 1111
B完全合法化している国 オランダ 1687
            ドイツ 4854

それに対して、2008年3月7日のPolitikenでは、実際に性産業に従事する7人の女性たちが、こうした規制の動きに対応するために、自分たちの利益団体を発足させホームページを開設したことを受け、各メディアを呼んでインタビューに応じた様子を報じている。ホームページでは、実名あるいは匿名で20代から60代までの(ほとんどがデンマーク人だが、外国人も数人)女性たちが、時には写真や似顔絵とともに、年齢やこの職業に従事している期間、誰かに強制されているかといった質問に率直に答え、自らの意思で行っている職業を法規制によって突然に犯罪者にされてしまうことに対する厳しい批判と反論を行っている。こうしてみると、日本の風俗産業などが若い少女たちに媚びさせて成り立っているのに対して、デンマーク(あるいはヨーロッパ)では黒いエナメルのブーツに革のミニスカートといったクラシックな「淫靡なイメージ」で売っているという違いに驚く。

「売買春容認派」の上記のホームページ、「反対派」のキャンペーン・パンフレットを参考に、双方の論理を見てみると、結局数多くの論客を備えた、「買春規制派」の主張の方が、明らかに事実を俯瞰した上で可能性と解決策を提示しており、「自分の意思で職業として、誇りを持ってやっているのだからいいではないか」という程度の底の浅い反論は裏づけが弱いことが明らかである。現場の声を聴くようにというのは尤もだが、「反対派」の現状から出発して、規制が始まったら、現在性産業に従事している外国人への居住ビザの問題をどうするかといった建設的な視点から、障がい者の性の権利といった少数者の必要を「人質」にして、自分たちの欲望を正当化しているという幅広い議論は、一考に値する。

確かに、デンマークでの売買春の議論では、障害を負った人々や老人の性へのアクセスの観点から、その必要を説く論が根強くある。公の補助金で障がい者が買春を行うことの正当性はしばしば議論の的にもなっているが、それでも、買春をしたことのない男性のうち51%は、障がい者のために娼婦は必要だと考えているともいわれる。しかしながら、実際には買春をする男性のうち、83%は恋人あるいは妻を持ち、シングルの男性は17%であり、しかも買春が性を享受する唯一の機会だと答えたのはたったの8%であり、71%は買春が「可能だからする」と回答したとクラウス・ラウトロップ(Claus Lautrup)は指摘している(引用は上記PDFより)。また、特別な対応にして優遇する政策は、逆に障がい者の健常者と同様に健全な恋愛や結婚をする能力を否定することになるという価値観の議論もある。

こうした事情を鑑みると、売買春の違法化がすぐに性産業の撲滅につながらないことは当然であるが、それでも望まない形で産業に従事している女性を救済する手段として、トラウマを負う女性に対する心理的・社会的なサポートなどを進める施設・制度の充実とともに、法的な介入も求められている時かもしれない。
posted by Denjapaner at 23:24| Comment(5) | TrackBack(0) | 社会事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。興味深い記事が多いので、いつも楽しく観覧させてもらっています。
質問なのですが、デンマークでは1999年以来、売春が合法化されているとのことですが、完全合法のオランダ・ドイツと、規制されていないデンマークと比較がされている点で、この二つの違いはいったい何なのだろう?と疑問に思いました。
障害者の方々への必要性について障害者教育のプロの方たちはどのような意見があるのか知りたいところです。
これからも記事を楽しみにしています;-)
Posted by オアゾー at 2008年04月03日 20:37
>オアゾーさま
初めてのコメントありがとうございます!
質問や今後の記事へのリクエストも頂けてうれしいです。

売春への「規制なし」と「完全合法化」の違いですが、「完全合法化」されているところは、売春婦の営業場所が一般のお店や企業のように登録され、監査や医師のコントロール(性病などに重点を払ってのことでしょう)も行われるそうです。また、労働時間制限や、有給休暇など福祉へのアクセスに関しても、「普通の」職業と同様に、労働基準法が適用されると考えてよいのだと思います。記事で「中間の権利保障派」として言及した彼らの主張からも、デンマークの売春婦には年金や疾病保険の権利が十分に保障されていないことが窺えます。

ご質問の「障害者教育」というのは、障がいをもった“子ども”への学校教育における指導と考えていいのでしょうか。それとも、成人教育のことでしょうか。成人は障がい者であれ、意思(そして欲求)を備えた個人として扱われますから、「プロ」というのがどの職業になるのかちょっと測りかねるのですが。例えば、日本での七生養護学校のケースを念頭においてのご質問になりますか?…改めて回答させていただきます。

Posted by Denjapaner at 2008年04月03日 21:25
お返事有難うございました。なるほど、そういうことなんですね。完全合法で売春を普通の職業と同等と見なすということは驚きです。普通の労働者ということは、海外からつれてこられたような移民も労働ビザをそれにより得ることが可能なのかしら。しかしデンマークでも納税はするけど同じような権利はない、なんだか理解するのが難しい不思議な域です。
ソシアルペタゴーの記事、拝見させて頂きました。先日の質問の際に私の頭の中にあったのは、まさにそれでした!
Posted by オアゾー at 2008年04月07日 06:25
>オアゾーさま
ソシアルペダゴーのこと、納得いただけたそうで幸いです。はっきりと彼らの性教育に対するアプローチについては触れませんが、ソシアルペダゴの組合のサイトでは、かなりラディカルなことを書いていました。(性的欲求の尊重=買春容認と取ってください)

セクソロジーの分野は、日本では村瀬幸浩先生くらいしか知られた人はいないように思いますが、デンマークでは一分野として確立しています。日本語でセクソロジーと入力した時のグーグルのヒット数(11,900件)とデンマーク語・スウェーデン語・ノルウェー語だけであろうSexologiでの検索ヒット数(100,000件)がこれだけ違うのも、単に外来語だからとはいえない一面が出ていると思います。日本語を読む人1億2000万人としても、北欧語は合計しても1800万人程度ですから。
Posted by Denjapaner at 2008年04月10日 06:45
まあ、難しい問題ですね。フェミニストの主張は、女性を救うというよりも、「気に食わない」という側面が強いと思いますけどね。

貧しい国の女性から、売春をとりあげたら、後は飢え死にするだけですよね。先進国の倫理を押し付けて、死を強制するというのは、あまりにも理不尽だと思います。そんなに、規制したいのであれば、まずは、貧しい国の女性が生活に困らない環境を作ってから規制するべきでしょう。規制が先に来るのは順番としておかしいと思います。この点から、フェミニストの主張は、「とにかく、規制したい」という感情論が先にあり、それを正当化するための理屈を後付けで作っているのだと思います。

結局、貧しい国の女性の生活を保障するなんて、不可能に決まっていますけどね。
Posted by r at 2009年12月30日 14:14
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