2008年03月04日

海外大学設置に見るデンマーク産業界の野心

「駅前留学」という言葉は、まだあるのだろうか。サテライト授業などで「お茶の間留学」に取って代わられたかもしれないが、2007年10月に経営破たんした英会話教室のNOVAも07年3月末時点の教室数が925で、受講生が約41万8000人だったというから、国際化の時代に適応した語学能力をつける需要は実感されているのだろう。テンプル大学に見られるような、海外大学の日本校もそれなりに人気があるようである。ウィキぺディアによると、2005年2月からは海外大学日本校として認められたため、学割の定期券なども適用されるようになったという。

同じ流れで、デンマークでも外国資本の大学をオープンさせて、優秀な学生・研究者を国内に留めようという提案が、科学・技術・発展省の大臣であるヘリエ・サンダー(Helge Sander)の主導によって勧められている。現在、デンマークの大学は統廃合の結果、南デンマーク大学、オーフス大学、オールボー大学、コペンハーゲン大学、ロスキレ大学というこれまでの5つの総合大学に加えて、デンマーク工科大学、コペンハーゲン商科大学、コペンハーゲンIT大学の専門大学を含め、8つで構成されている。以前に、「授業料無料・奨学金つき」大学の学問の自由にも書いたとおり、これらの大学では授業料は無料であり、大学には修了する学生の数に応じて国からの補助金が下りる(一定の基本額にプラスして、人数に応じた金額が加算されるため、通称タクシーメーター金と呼ばれる)ため、大学は経営と同時に「生産性」(研究成果の公刊数、学位の授与数など)の高さが求められる。

2008年の9月より、外国の大学へ留学するデンマーク人の学生も、この国からの補助金をもっていくことができるようになる。つまり、デンマークで就学していたら支払われるはずだった国の予算が、外国で勉強するという決断をした者にも、それを外国の大学での授業料に充当することが可能になるということである。それだけではなく、上述記事にも書いた誰もに与えられるSUと呼ばれる奨学金(世界一高い奨学金といわれる)も、そのまま持っていくことができる。こうして、国内では養えないようなさまざまな教育分野・レベルの人材を育てることができるよう応援することが可能となった。

今回のヘリエ・サンダーの提案は、この外国で学ぶ際にも宛てられる予算なのだから、それをデンマーク国内の外国資本の私立大学に与えることを可能とすれば、スタンフォード大学といった有名な一流大学のデンマーク校を国内に開校する誘因になるのではないか、という思惑である。2007年秋の時点ですでに、デンマーク産業界は「健全な競争原理が働き、デンマークの大学の国際的な研究交流も強められる」と賛意を示した(Dansk Erhverv 2007年9月)。教育費の無料を長く国是としてきたデンマークには、現時点では私立大学はないが、受益者負担原則を伴った私立大学が市場に入ることにより、よりよい研究者・学生の獲得のために公立大学までも競争原理を働かせるようになり、授業料の自費負担を導入せざるを得なくなる可能性さえも孕んでおり、大きな方針転換となる。ちなみに北欧の私立の大学は、1909年にスウェーデンのストックホルムに設立されたストックホルム経済大学だけであり、ここも国の監督の下に学生に授業料を課してはならないとなっているため、人数に応じて国から支払われる補助金で運営されている。

2007年の7月にこの外国の私立大学設置に関しての提案が出された際には、与党である自由党と保守党、そして支援政党であるデンマーク国民党の同意により、国会での過半数の賛成を取った。(2007年7月10日、Berlingske Tidende。研究政策アーカイブ)デンマーク学生連合会(DSF)の副会長で教育政策部門担当のイェッペ・ムルヴァド・ラーセン(Jeppe Mulvad Larsen)は、外国大学の支部を私立大学としてデンマーク国内に作ることによって、デンマークの大学の経済状況を悪化させ、そのことによって大学の質自体も下げることになることを懸念する(ロスキレ大学HPニュース、2008年1月3日)。

しかし、国内留学という国際交流はそれだけには留まらない。ヘリエ・サンダーは、中国の大学と友好を結んで、学生の受け入れなどにも非常に熱心であったが、ついには中国にデンマークの大学を作るというアイディアまで着手し始めた。中国における国内留学プロジェクトである。2008年2月29日のInformationは、この件を「中国大臣」と皮肉った記事を載せている。中国では、毎年600万人が入学し、大学生の数もこの1997年から2005年の間に、320万人から1560万人となった。こうした学生数の伸びなどからみて、「デンマーク大学」を設置し、そこで教育を受けた中国人学生に対して、デンマークへ一時留学させたり、すでに中国でのビジネスに着手している340のデンマーク企業と協力したインターン制度やコラボレーションなどを行うことを計画しているという。

2008年2月28日のBusiness.dkでは、ヘリエ・サンダーは、中国においてデンマークが目に見える存在であることがこれから重要になったくることを強調した上で、そのための大学設置の意義を主張し、すでに中国での大学設置を決定したイギリスやアメリカの後を追う。社会人民党の学究部門担当のヨナス・ダール(Jonas Dahl)は、政府が大学での研究に予算削減を要求し続ける一方でこうした外国での計画に着手しようとしていることに疑問を示している。上記のInformationの記事では、あるジャーナリストが「大学設置に当たって中国の人権問題をどう考えるのか」という質問をしたが、「外交問題は外務省へ聞いてくれ」と逃げられたことも載せている。

近頃の日本でのチャイナフリーと対をなして、どのように中国のなかで存在感を高めていくかに専心している大臣の様子は興味深い。2006年には250人以上の学生ビザを持って入国した中国人が行方不明になり、実に3人に2人が入国以来姿を消すという話があり、それは日本が経験してきたこと(酒田短期大学の例など)と同じでもあるが、小国の生き残りをかけた、産業界の狙うグローバリゼーションがどこへ行き着くかは今後を見るしかない。
posted by Denjapaner at 00:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 教育政策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
処遇に不満を持った女性研究者がDTUからアメリカ(?)の大学に移り、加えてDTUの扱いに対して裁判を起こしたというニュースが先週ありました。
ITUでも、似たようなニュース(待遇に不満を持った研究者や研究グループが他の組織に移る)がいくつか聞かれます。

外国資本の私立大学に予算を与える、中国にデンマークの大学を設立する、という考えは面白い考えですよね。ただ、デンマークの9大学で起こっている問題を考えると、大学や事務職員の質の向上にその予算を使えないものかと、考えてしまいす。ともあれ、記事を読んで、大臣の考えやその他の反応が見えてきて、楽しませてもらいました。

Posted by みか at 2008年03月13日 00:14
>みかさま
そのニュース、私もInformationで見かけました。ざっとしか目を通しませんでしたが、実績も能力もある女性研究者が(不当)解雇されたのではありませんでした?

高等教育の現場を巡っては、このところ特に予算削減とともに、成果の可視化といったニューパブリックマネージメントの論理で締め付けを強化しています。先日参加した学会でも、北欧の研究者たちはその点を憂慮していました。これでも、デンマークはスウェーデンに比べればましなようですよ。結構面白い発表が多くあったので、機会を見つけて書いてみたいと思っています。

在中国の「デンマーク大学」は、私の元指導教官がタスク・フォースに選出されて当たっているようです。中国に当たるなら、(チベットの件はもちろん)人権や倫理などの問題に対する対応を考えておく必要があるように思います。いずれにしても、中国がデンマークのように小さな国をどれだけ意識するかは限られたことですし、国内の既存の大学(とくに社会科学・人文科学)に予算を回して欲しいものです…。
Posted by Denjapaner at 2008年03月17日 20:21
デンマークの大学は外国籍の留学生に対しても学費は課さないのでしょうか?
Posted by ポロリ at 2008年11月10日 14:10
>ポロリさん

このところ眠っているブログですが、コメントありがとうございます。こうした世情ですから、大学での授業料は数年前から有料になりました。「外国籍」というのが、どこの国を指すのかによりますが、現在も無料なのはEUの国、ノルウェー、アイスランドから来た学生のみです。

今日の新聞にも、デンマークの大学は海外の一流大学と同じだけの授業料を求めるが、半額程度の授業料でデンマークの大学レベルの教育をする国はいくらもあるために国際化が進まないといった話や、EU・ノルウェー・アイスランド以外の国の学生でデンマークからの奨学金を受給している者はたったの130人だという話が載っていました。人文科学で年間50,000kr.、自然科学ではその二倍程度はかかるようです。ご参考になれば幸いです。
Posted by Denjapaner at 2008年11月10日 22:40
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