2008年02月19日

ムハンマド風刺画の残り火と未熟なテロ法制の危険性

しばらく国外に出ており、デンマーク国内のニュースに疎くなっていたが、ネットで2月14日のヤフーニュースを見て唖然とした。もうリンクは切れているので、コピーしたものを貼り付ける。
【ロンドン=本間圭一】デンマークからの報道によると、同国の主要紙は13日付紙面で、イスラム教預言者ムハンマドの風刺画を一斉に掲載した。

 ロイター通信は、掲載紙は大小計15紙に上ると伝えた。

 2005年にイスラム世界で暴動が広がるきっかけとなった風刺画の再掲載は、イスラム教徒の新たな反発を招く恐れもある。

 同国の治安当局は12日、風刺画を描いた画家殺害を計画したとして、中部オーフス近郊で、モロッコ系デンマーク人1人とチュニジア人2人の計3人を拘束。各紙はこの殺害計画発覚に抗議し、再掲載に踏み切ったものとみられる。

 風刺画は爆弾の形状のターバンを巻いたムハンマドを描いたもので、同年にデンマーク紙ユランズ・ポステンに掲載されたため、ムハンマドをテロリストに見立てたと反発するイスラム教徒の暴動が各地で広がり、50人以上が死亡した。

 同国紙は以後、原則掲載を自制してきたが、主要紙ベーリンスケ・ティダネは今回の掲載について、「新聞が旨とする言論の自由を守るためだ」と主張している。

最終更新:2月14日1時52分 (2008年2月14日 Yomiuri Onlineより)
…イスラム教徒の暴動が各地で広がり、50人以上が死亡した?デンマーク国内で50人が暴動で死亡するなど、どう考えても前代未聞である。慌てて、デンマークの新聞各紙のHPを見るが、そんな騒ぎは起こっていないようである。

事実は、「オーフス近郊で、05-06年のムハンマド危機の際の風刺画を書いたクアト・ヴェスタゴー(Kurt Westergaard)の殺害を企てたという理由により、モロッコ系のデンマーク国籍の者が1名とデンマークに滞在許可を持つチュニジア国籍を持つものが2名拘束された」ということであった。

そして、各紙がこの拘束事件の背景として記事を改めて書く際に、問題の風刺画を13日に一斉に改めて掲載したというようである。風刺画掲載は、クアト・ヴェスタゴーが中心になっていたし、最も反感を買っていた爆弾に見立てたターバンを巻いているムハンマドを描いたのは彼であったが、当時ユランスポステンに掲載されたものは12枚の画が12人の作家たちによって書かれていたため、それだけを「問題の風刺画」とすることはできない。あの騒ぎは、誰にとっても忘れられない体験となったが、それでもなお今回の全国の新聞で一斉に掲載するという措置は、「皆でやれば怖くない」的な取り決めの下に言論の自由を掲げる各紙が掲載に踏み切ったように思われ、そうした点を個人的には子どもじみた安易で軽率な対応であると思う。

しかし、今までのところ、この再掲載によって再びイスラム諸国で大々的なデンマーク製品のボイコット等に発展した話は聞かれず、一部の国々でデンマーク国旗を燃やしたり、大使館の前でデモンストレーションをしたりということがあった程度であったことが報じられていた(2008年2月15日、Politiken)。

冒頭の読売ニュースの記事は、恐らく前回のムハンマド危機の際の、外国での暴動とその被害について触れている(デンマーク国内で死亡者はでていない)と思われるが、言葉足らずで誤解を招く内容になっていたようである。こうした点からも、「うちがわ」から発信することの重要性を感じている。留守をしていたため、少し発信が遅れたが、また記事は書いていくつもりである。

さて、ではデンマーク国内では、イスラム教徒たちの反応はなかったのかというと、そうではない。2月15日の金曜日から週末を越え、とくに移民的背景を持つものが多く住む地域(とくに、コペンハーゲン北西部のノアブロと呼ばれる地区)で、若者たちによって毎晩のように学校や車に放火されるという事件が相次いだ。金曜日から土曜日にかけては185件、土曜日から日曜日は103件、日曜日から月曜日にかけては88件という膨大な数の放火事件が国内の複数の場所で繰り返されたのである。コペンハーゲンコムーネは、今回の火災等によって損壊したものを建てなおすのに、市の財政から2500万クローナ(約6億円)の支出を余儀なくされると見積もっている。一般の市民の車に放火されたものなどは、必ずしも保険が降りるとは限らず、とんだ災難になったケースもあると聞く。

メディアは、今回のムハンマド風刺画の再掲載との関連を騒いだりしていたが、現実には組織的な事件というよりも、便乗にして悪乗りした者も多かったようである。ようやく火曜日、2月19日になって、ノアブロ地区の若者たちから、オープンレターとしてメディアに出された手紙(2008年2月19日、Politiken)によって、今回の放火事件がムハンマドの再掲載とは何の関係もなく、警察による人種差別的な尋問やボディーチェック、そしてその際の人権を踏みにじるような対応に怒りをためてきたことが告発された。彼らも、学校に放火することなどは、まったく行き過ぎたことで本意ではなかったとしているが、こうした行動を中年の男性によって唆されたことも書かれており、この事件を契機として警察官の移民たちに対する対応を見直す必要に迫られていくようになっていくと思われる。

さて前置きが長くなったが、本稿ではムハンマド風刺画事件よりも、デンマークにおける「テロとの闘い」を巡って浮き彫りになってきた、テロ法制の浅い裏づけやそれに対する国内の議論が非常に面白いので、それを追ってみたい。

この画家の殺害未遂事件で拘束されたのは、前述の通り、モロッコ系のデンマーク国籍を持つ者1名と、デンマークに滞在許可を持つチュニジア人2名である。デンマークでも、アメリカでの9.11を受けて、テロ措置法案(通称「テロ・パッケージ」)がすぐに提案され、2002年に成立した。これにより、デンマーク国籍を持つか、外国籍かで対応が大きく変わることになる。つまり、今回の事件の容疑者のうち、デンマーク人は警察の取調べを受けたあと、警察の監視の下に釈放され、司法による判断を待つことになるが、チュニジア人は有罪・無罪を問う裁判を受ける権利も与えられないままに国外追放になるのである。そのため、一部の国では国に到着するなり逮捕され、苛烈な拷問や死刑が待ち受けている可能性さえあり、そうした点に人権的観点から配慮が要請されている(こうした拷問や死刑に瀕する惧れが認められる場合には、人権的観点から、国外追放は留保される)。

今回のチュニジア人のケースでも、拷問に遭う可能性があり、容疑者たちは「人を殺すなど夢に見たこともない」と無罪を主張しているにもかかわらず、裁判にかけられることもなく、証拠も一般には公開されないまま国外追放という手段で解決を図ろうとしていることに、問題はある。しかも、行政・立法・司法という三権の分立は民主主義の根幹であり、それぞれが互いを監視しあうことで公正さを保つことを原則としているが、今回のような国の安全を脅かすテロのケースでは、その監視機能が働かず、公正さに欠くのではないかというのが議論である。こうした議論が出てくるところに、ヨーロッパの立憲政体の成熟を感じさせる。

今回の焦点は、デンマークの外国人法の25条と45条のbである。
*25条
以下のような場合には、外国人は国外に追放される。
1)その外国人が、国家の安全に対して危険となると見なされる場合
2)その外国人が、公的環境の治安、安全、健康に対して深刻な脅威となると見なされる場合
*45条b
案件への当法の適用措置を巡っては、難民・移民・統合省大臣が、法務大臣からの決定を考慮した上で、その外国人が国家の安全に取って危険と見なされるかどうかを判断する。そして、この判断が案件の処遇の際の基盤とされる。

どのようなときに、人は国家にとって脅威と認められるかは恣意的な解釈が可能であり、さらに最終的な判断をし、国外追放を決定するまでに裁判等の過程を経ずに大臣の一存で決定されてしまうのである。しかも、この立法に関しては、現難民・移民・統合省大臣である、ビエテ・ロン・ホーンベック(Birthe Rønn Hornbech)は法案の成立当時に、議員として在任していたため、当時の立法、今回の実行(行政)と判断(司法)で三権を一手に掌握していたことになり、三権分立の大原則が脅かされていると、2008年2月16日17日のInformationの記事において、コペンハーゲン大学のオーレ・エスパーセン(Ole Espersen)はこの処遇を批判している。

彼によると、デンマークでは大臣が国会議員であることは珍しいことではなく、その点に特筆すべきことはないが、その二権に対して、最終的監督機能を果たすべき司法の入り込む余地を与えていないこのテロ法制は、憲法63条に反しているという。また、彼はデンマーク治安警察(PET)の扱う情報は、極秘とされるため、守秘義務を負う裁判官等にも提示できないという理由はおかしい、とも指摘する。

こうして、図らずも全権を掌握した渦中の人、ビエテ・ロン・ホーンベック自身は、この役割を極めてクールに受け留めており、法案成立当時もその成立を喜んではいなかったし、今もその気持ちは変わらないと述べたが、こうした形でメディアの前でシステムに対して疑問を呈したことは、パフォーマンスとしては失敗だったとオールボー大学のクラウス・ホーン・イェンセン(Claus Haagen Jensen)はいう。このことによって、彼女は所属政党である自由党や政府の支持者に対して、不誠実だと印象付けてしまった。むしろ、冷静に受け止め、さっさと不適切と思われる法を改正してしまうべきだったというのが、彼の批判である。

まだ成立から浅いテロ法制は、今後も法案が通過したときには予想していなかったような事態に直面したり、その見直しを迫られる場面が多々でてくるだろう。その際に、当該案件を所轄する大臣として機敏に対応し、誰もが納得する民主的な方法で判断をしていくのは簡単なことではない。先例のなかった現実に直面した時にそれをコントロールするのは、三権の分立によるコントロールであると同時に、マスコミ等を通じた世論の力であることも実感させられた一件であった。

数日しての記事だが、イスラム諸国での反発を扱ったものが増えてきた。2008年2月27日には、パレスチナのハマスの子ども番組が、着グルミを着たピンクのウサギを使って、「アラーの意思」として風刺漫画を描いたクアト・ヴェスタゴーを殺すように扇動したり、デンマーク製品をボイコットするように呼びかけていたことを各紙が報道した。(この映像はYoutubeでも見られる。英語の字幕つき)カラフルな子ども向けの番組の中で、「対談」する子どもとウサギの会話を通じて、「この騒動のすべてのきっかけを作った漫画家は犯罪者で、どんなに隠れようともきっと見つけ出して殺してやるんだ」とパレスチナの子どもたちを「洗脳」する様子は、不気味である。

また、この風刺漫画家の妻は幼稚園で働いているが、この問題を重大視する両親たちによって、彼女が仕事に来ないように言い渡される事態になるほど、問題の拡大への懸念は広がっている(Copenhagen Post、2008年2月28日)。

風刺画の再掲載から10日以上経った今になって、イスラム諸国での反発が報じられるようになってきた。ヨルダンでは国旗が燃やされ、デンマーク大使館を閉鎖するよう要求する大規模なデモンストレーションが行われたことを報じている(2008年2月28日、Politiken)。

スーダンでは、「世界最悪の独裁者ランキング」連続3年1位のオマル・アル・バシール(Omar Hasan Ahmad al-Bashīr)大統領によって、デンマーク製品をボイコットするように呼びかけがされた。デンマーク国会は、スーダンの戦後処理と、教育プロジェクトのために、2億クローナ(約45億円)の支援を計上しており、こうした呼びかけをするような国家に支援を続ける意味があるのかを、デンマーク国民党は外務大臣に問うたという。外務大臣であるペア・スティ・ムラーは、「誰を支援して、誰を傷つけているのかを見なければならない。我々はスーダン政府に対して援助金を送っているのではなく、ダルフールや南部スーダンでの平和へのイニシアチブを支援しているのだ。」と、援助停止を解決策としない答弁をした(2008年2月27日、Copenhagen Post)。目先の苛立ちに感情的に動くのではなく、自分たちの援助は市井の人々を支えているのだという信念は、デンマークが人口1000人当たり2420kr(約5万円)という世界第3位(1位はオランダ、2位はノルウェー。アムネスティ・インターナショナル調べ。冊子アムネスティ、2008年2月号、33ページ)を裏付ける人権大国であることを感じさせる。

本文とはあまり関係ないので、ムハンマドの風刺画自体は載せるつもりはなかったのだが、結局12枚とも掲載しているファイルを見つけてしまったので、一応リンクを貼っておく。(PDFファイル、説明はデンマーク語のまま。おそらくユランスポステンに載ったものだろう)

風刺画掲載から1年半ほど経った今に至ってまだ、パキスタンでの大使館爆破テロ事件(2008年6月2日、8人死亡、30人負傷)などを起こしているムハンマド危機は、簡単に語れるものではなく、文化の対立を如実に語るものであることを実感する。
posted by Denjapaner at 22:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Jyllands-Posten(ユランズ・ポステン紙)
Excerpt:  デンマークの新聞、Jyllands-Posten に載ったという預言者ムハンマド صلى الله ع..
Weblog: アラビア語に興味があります。
Tracked: 2008-04-05 14:17
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