2008年01月14日

国は、芸術のパトロンであり続けられるのか

前回の記事、「ムダ」と「文化」の境界の論点でもあったが、そもそも生産性の高いもの、国際的競争力のあるものだけに価値を認めてきたら、その国家は、文化の薫りさえない「生産工場」になってしまうのではないか。人間の営みの中で、文化こそがさまざまな彩を持って歴史を形作ってきた。文学、哲学、音楽、絵画、彫刻、スポーツ…こういったものを、「生きていくのに不可欠のものではないから」という理由で、「目に見える科学」に比べて存在価値を下げたうえ、(贅沢な)趣味のものと嗜好品扱いすることで受益者負担原則を当然のものとするような傾向は、無味乾燥な生産工場への道だ。

デンマークでも、新大学法の実施によって、独立行政法人として経営の視点で大学が運営を図っていくようになったことは、「授業料無料・奨学金つき」大学における学問の自由にも書いた。このことによって、学生の集まりにくい学部やなかなか卒業しない学部への締め付けが強まり、成果の見えにくい人文科学系の学部は淘汰されていく危険性もある。

先日の記事でも、リンクだけは載せたが、研究・科学省大臣の出した声明は、まさに成果重視の傾向が余りにもはっきりと見えた記事だった。デンマーク語だったので、抄訳を載せよう。

「最も優秀な研究者たちへより多くのお金を」
科学大臣 ヘリエ・サンダー(Helge Sander)

来る数年の間、政府は研究と発展への年間の投資額を三分の一、増資する。その目標は、公の研究の質を世界で最も優れたものと比較・計測することができるようにすることである。そして、競争強化によって、より多くの補助金が最も優秀な研究者と研究環境に与えられるように保障することである。これは、大学の補助金にも適用され、2009年から2010年までの間、研究・教育・知識の普及という3つの鍵パラメータによって大学の質を計測する、新しいモデルに則って一部は配分されることになる。

大学間での競争も促進し、より質が高いと認められた大学は質が低いとされたところよりも多くの補助金を手にすることになる。研究文献指標は、国内的にも国際的にも効果を認められているため、これを取り入れる。社会科学・自然科学等の研究分野によって、論文発表の伝統は異なるが、65の研究部門グループが、それぞれ分野ごとにどのジャーナルや出版物が指標に加味されるべきかをノミネートする形で多様性を保障するようにすることで、こうした批判をかわせるものと考えている。

それに加えて、このモデルはまず著作物や論文記事をすべての分野で共通の質の目標としている。さらに、代案としては引用回数によるものがあり、その研究者が何度引用されたか、別の研究者の記事に参照されたかという基準を用いるが、これはまだ社会科学の分野では引用をチェックするデータベースシステムが十分でない。だが、まもなく引用の指標も拡張することができよう。元々から確立された研究分野ばかりが、新しく芽が出たばかりの分野を犠牲にすることで認められるような危険もあるが、これについては少なくとも1年に1回、ジャーナルや提案を見直すことで危険を回避する。

政府が以下の目標に立っていることは何の疑いもない。:最高の質のものを調達する大学に対して、その報いを与えるということだ。
…実証主義的なもののみを「科学」と決めつけるような傾向は、ますます強まってきている。

文化・余暇活動に対して、国家の支援が厚いことは、前回の「ムダ」と「文化」の境界で触れたが、未曾有の好景気により労働力不足に悩まされる現実によって、それも壊されようとしていることが、話題になっている。週に37時間のフルタイムの仕事ではなく、30時間以下のパートタイムの仕事をもち、それゆえの低所得を理由にした生活保護手当のようなもの(ダウペンゲ。詳しくは福祉国家の失業給付の現状と未来を参照)の一部給付を受けている32,000人が今回のターゲットとなっている。

これに対して、雇用大臣のクラウス・ヨート・フレデリクセン(Claus Hjort Frederiksen)は、労働力不足のさなかに、このシステムは金になるので悪用している者が多いとし、受給資格の制限を厳しくしようとしている、と1月5日のPolitikenは報じている。この「補助的ダウペンゲ」を受給しているのは、職業的には教員と保育士が圧倒的に多く、例えば、週に29時間働く保育士のケースでは、月々3,199kr(7万円程度)が給付されているという。公になっていないデータだが、雇用省によるとこの給付金を受けている者のうち、フルタイムの仕事を探しているのはたったの3分の1とされている。給付金を受けるためには、それぞれの要件があり、求職をすることは重要な要件のひとつだが、それらが何らかの事情で果たされないまま、楽な稼ぎ口となっているという批判である。

現在、正規雇用されてパートタイムで働いている者に対しては、最長で52週間の補助的ダウペンゲ給付が受けられることになっているが、それに対して例えば、非常勤代理の者やパートタイムのコンサルタントなどは、無期限で給付を受けられるというシステムが管理の「抜け穴」となっているため、特にこの辺りを是正することを予定しているようである(正式な発表は、調査後の1月半ば以降になる見通し)。大臣は、受給者とシステムを悪用する雇用側とが「邪な同盟」を組んでいると、厳しく批判している。

興味深いのが、公のシステムの中の管轄が違うからという理由で、お金の出所を争っている点だ。保育士や福祉施設のヘルパーなどの場合、忙しい時間帯には人を配置し、忙しくなくなったところで帰宅させることで、人件費を浮かせる。彼らの人件費は、雇用者となっているコムーネ(市町村)から出ている。そして、この労働者が十分な時間を働かない/けないことで所得が低い分を埋め合わせる、補助的ダウペンゲが国の財源から給付されるという仕組みだ。

実際に、失業している者が給付を受けるためにするべき要件はたくさんある。
・コムーネのジョブセンターに、求職者として登録すること
・前日の告知でフルタイムの普通職に就くことができる
・自分が請けられると思われる仕事はどんなものでも積極的に探すこと
・アクティベーションに参加すること、ジョブセンター、失業保険、あるいは必要に応じてその他の機関との面談や相談に参加すること

さて、この記事が「文化」の意義から書き出しで、この低所得給付に至ったのは、この給付対象に対しての制限を強めることで、文化を創る芸術家たちの生活が危うくなるという批判があるからである。2008年1月6日のPolitikenによると、この規制によって、音楽家、ソリスト、俳優といったアーティストたちは自分の芸術キャリアを諦めて、全く違う分野の能力を活かさない仕事に従事せざるを得なくなるかもしれない、と芸術家組合は警告している。

デンマークアーティスト組合のリーナ・ブロストロム・ディデリクセン(Lena Brostrøm Dideriksen)は、「もしも芸術家たちが、この補助的ダウペンゲを受給する可能性がなければ、彼らはリングにタオルを投げ入れることを強要されて、自分たちの芸術家としての仕事を諦めなければならなくなる。」と危惧する。この組合には1500人の会員がおり、およそ1000人が失業保険でカバーされ、少なくとも半数が補助的ダウペンゲを受給していると見積もられており、国からの経済的補助が生活の足しとして大きく機能していることが窺われる。

これに対して、クラウス・ヨート・フレデリクセンは、失業給付金制度によって文化の興隆を支援するのは自分の役目ではない、とつれない。社会民主党の労働セクションの責任者であるトマス・アデルスコウ(Thomas Adelskov)もまた、「芸術家たちに失業給付に対する特別な需要があるのであれば、自分たちで失業保険組合を作ればいい」、とこれまでのシステムを温存することには前向きではないようだ。

2008年1月12日のPolitikenでは、コペンハーゲン大学で音楽の非常勤講師をしている、モーテン・イェルト(Morten Hjelt)が、雇用大臣に向けて批判的に書いた手紙が掲載されている。彼の主要論点は、、「授業料無料・奨学金つき」大学における学問の自由にも簡単に触れたが、保障もなく非常勤講師を搾取する大学の構造である。彼は、専門教科でのフルタイムの仕事を与えられることなく、何年経っても年金や休暇の保障もないパートタイム雇用に甘んじなければならないというのに、さらに補助的ダウペンゲの受給期間を制限されようとしている点に憤り、彼のような立場にはデンマークの労働市場の特徴であるフレキシキュリティーが全くないことを論じている。

福祉国家の失業給付が厚いために、却って人々の労働意欲を殺ぐという議論は経済学でもクラシカルなものである。しかし現在は、かなり頻繁にアクティベーションが行われており、眠っていて給付が受けられるというほど楽ではない。「建築科を出たのだけれど、建築家としての仕事がないから失業保険で生きている、非常に低い手当で不満だ」といった記事も時々新聞に載る。こうした記事には、甘っちょろい若者のプライドに腹が立つというのも正直な気持ちだが、少なくとも結果として、異なった働き方を支える制度の不備を埋め合わせる役割を担っていた、この補助的ダウペンゲは必要な役割があるように思われる。もしも、雇用大臣が補助的ダウペンゲの受給期間を限定するなどの決定を出すとすれば、例えば、上記の芸術家たち、非常勤大学講師たちなど、多様な働き方に対応して支援をするシステムを別に構築する必要があるだろう。
posted by Denjapaner at 03:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めて、こわごわコメント書きます(^^;; このところすごく執筆の生産性が高いんじゃないですか?読みこなすのが、大変です!

一つの記事でもスコープが広いので、的が定まりませんが。国と文化の関係で言えば、西欧は「パンとサーカス」の伝統で、フランスを始めとして国が国策として良き文化を支援するということが普通に行われているんじゃないでしょうか?日本は、支配階級も一般大衆も自分の好きなことを自分のためにやってきたので、国のために文化を振興する、なんていうことは遺伝子に無いと思います。でも、中世末期の能や茶道を最後として、それ以降は日本はマスカルチャーの世界に入ったのじゃないでしょうか。歌舞伎とか浮世絵とか相撲、という人気のある伝統文化といったらアングラの世界の産物でしょう?マンガやアニメもそうですよ。だから、クリエータの人たちが国というととても胡散臭く見ているようなのは、とても理解できます。

私も、一市民としては文化活動に政府の介入は期待していないし、勝手にやっている日本の小劇場とかライブとか面白いじゃないですか。自由だから面白い。これです。

私が日本でメンバーのオケもNPOになれずに単なる権利能力なき社団です!もちろん、当局からは一銭も補助金をもらってませんし、懸命に市民サービスでいろいろ音楽会をやったり、町内会の行事に協力していても、練習場を追い出される危険はいつもあります。

こちらで室内楽の集まりに入っているのですが、あそこもforeinigenだから補助金もらっているんでしょうか?まあ、ハイカルチャーの集まりですから、当然補助金はもらっているかな?ドイツでe.V.を作るのが簡単だと驚いていたのに、デンマークはもっと簡単な上にお金までもらえちゃう。

最近の世界を見ると金儲け第一「産学協同」流行で、学問の自由を守れとか「産官学」連携反対なんてやっていた学生時代に自我が出来た私としては、違和感を感じることこの上ないです。でも、日本はどっちかというと掛け声だけで、デンマークのほうがDenmark Inc.をうまく動かしていますね。日本の国は、実際大きい問題に効果的に対応したことはないと思いますよ。失われた10年を脱却したのも、たまたま低金利が円安を招き、輸出ドライブがかかったということでしょうし。Aarhusにいらっしゃる某先生が、日本は一人でシステムを全部掌握できる自動車までは上手に出来るが、一人で対応できない航空機などの生産に適した組織はできない、とおっしゃっていましたが、国はその典型でしょう。

ちょうど前野隆司先生と言うコンピュータ研究家の人が、人間の意識の中の「自分」というものは、すべての意思の源ではなく、意識下で勝手に行っていったことがらを事後的に整理して把握しやすくするためのものだ、と書いていたのが、国にもあてはまると思います。

なかなか関連をきちんとつけるコメントができずに、すみません。
やっぱり静かに勉強させてもらっていればよかった(;--;)
Posted by おか@こぺ at 2008年01月15日 08:33
>おか@こぺさん
初めてのコメントありがとうございます!コメントの返答遅れて失礼しました。

おっしゃる通り、国の「支援」と「監督」は表裏一体になりえます。日本では、「金は出すが口も出す」、「金は出さぬが口も出さぬ」が与えられた選択肢なので、だったら後者が気楽でいいじゃないか、というのはわかります。ご指摘の通り、パトロンの保護の下に創られた“高貴な文化”ではなくて、マス・カルチャーの隆盛という点では確かに日本の現在は勢いがあると思います。

ただ、デンマークのこの「協会」の作り方は、「金は出すけど、口は出さない」というやり方に近いように思うのです。違法なものでない限り、どんなところでどんな組織を作ってもOK、ちゃんと民主的な機構にして体裁を整えるならば、会員の「個人番号」など個人を特定する情報を報告しなくても、補助金を出して応援しましょう、というシステムだからです。この辺にはまだ、150年の伝統が生きていると思います。

例えば、"Dansk front"という右翼グループ(2007年7月に解体)や"Blood and Honour"というネオナチのグループ(1997年から2005年まで公式にデンマークに支部があった。今も例えばスウェーデンでは活動しているはず)も、存在を許されているわけです。言論の自由ということで、書類さえ用意すれば、彼らにも当然補助金は出たものと思います。日本のNPO法人は「公益に資する」という名目を掲げないとなりませんから、相当異なり、そもそも対比の対象ではないのかもしれません。

>>やっぱり静かに勉強させてもらっていればよかった(;--;)
そんなことおっしゃらず、ぜひまた違った視角からのコメントをお願いします。住人の少ないブログなので、ROMでない方は貴重で、励みになります!…ご関心に合うような、面白い記事を書けるようにしたいものです。
Posted by Denjapaner at 2008年01月23日 03:28
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