小中学校から、普通高等学校、工業・商業高校等までの中期高等教育は、教育省の管轄であるが、大学教育は科学・技術・発展省の管轄となる。今回は、この高等教育の現場、大学に焦点を当ててみたい。
デンマークの大学教育は、2003年に大きな転機を迎えた。多くの大学教員の反対にもかかわらず、大学に「経営」の視点を入れた「新大学法」(英語版はこちらで全文が読める)が国会で可決され、実施されたからである。2005年1月1日を以って、デンマークの大学も「独立行政法人」化され、外部の産業界の意向などを汲みながら、理事会によって機構を管理するようになったのである。これまで教職員・学生たちによって、全学の教授・助教授の中から選出されていた、学長、学部長、インスティチュートの長は、それぞれ理事会、学長、学部長によって雇用・解雇される権利を握られることになった。学長は、著名な研究者であることに加えて、経営の手腕があり、大学の機能と社会のありようとの協働に洞察を持つことを要件として、理事会に採用される。このように、学内に大きな裁量権を持つ「学長」の採用という大きな権限を持つ理事会であるが、その大部分は大学外部からのメンバーで構成されており、これらの人物はそれぞれの能力・技能に応じ、任期4年で任命される。そのほかに、内部からは研究分野の教職員、技術・事務関係の職員、最低2名の学生が加わるが、理事会のトップとなる理事長は、外部から来た人物でなければならないという規定がある。こうして大学内部の事情に精通していない外部からの管理者によって、運営方針等を決定付けられるトップダウンの体制が整えられた。
以前には、コンシストリウムという機構が最高位に位置し、各インスティチュートの予算等を承認する機能を担っていた。一人の議長(学長に決まっている)と14人のメンバー(外部からのメンバー2名、学部長などの経営・管理者の代表5名、研究分野の教職員2名、技術・事務関係の職員2名、学生3名)によって構成されていた。
この2003年の変革の結果、全てのポストは新聞広告等による公募で行われる誰もに開かれた機会となり、学長を初め、インスティチュート長も学内での評判や実績も知られていない「外部の者」が採用されて務めるようになった。一般企業である日突然、社長や部長が別の会社からやってきて社内の方針を決めるということを想定すると、どれだけ特殊な状況かがわかる。
2007年12月11日のInformationに載ったティム・クヌードセンの論評(Tim Knudsen (2007) Fra folkestyrke til markeddemokratiから大意を抜粋したもの)では、11ある大学の理事会のメンバーの顔ぶれも分析されている。総計114名の理事会のメンバーのうち、実に外部からの者が63名であり、このうち28名がデンマーク産業界のトップであることを初め、11の理事会の議長も5人が産業界から選出されていることなどを詳細に記述している。
同時に、大学の統合も進められ、現在もキャンパスは複数の別の都市に位置したまま、一つの大学として機能するなど、不安定な要素を抱えている。公に語られる統合の理由には、高給を取る管理職を減らすことができるからというものがあるが、そのほかにも、国外での競争力を高く認知させるため、というのが聞かれる。ジョークのような話だが、世界中で「最も優れた大学リスト100」に載る大学が、デンマーク国内15のうち1つなのか、8のうち1つなのかということで、代表性が変わり、国際的競争力が高ま(るように見え)るからである。
これらの変革後、教育機能面では、採算の取れない学部に対しては締めつけを強める、学生が決まった年限で修了しないと補助金を削減するなど、経営の視点はますます強まり、研究機能面でも学問の多様性に貢献するさまざまな方法論をとっていた以前よりも、研究資金を獲得しやすいメジャーな方法論に推移するなどの変化が見られるようになった。
先日、イギリスのリンカーン大学の研究者が行った、ヨーロッパ23か国の大学における学問の自由に関しての調査、"Academic Freedom in Europe: A Preliminary Comparative Analysis"(PDFファイル、英語)の結果が、新聞Informationで大きく取り上げられた(2007年12月5日、Information)。教職員の採用に関しての自主裁量という領域ではデンマークは最下位に属し、総合順位でも23か国中21位というひどい結果になったからである。ここでも、先日取り上げたPISAの調査のように、フィンランドが1位に位置しているのが興味深いが、その後に続くのは、スロベニア、チェコ、ハンガリーといった東ヨーロッパの国々で、「兄弟国」のスウェーデンは19位、そしてデンマークの21位という事実が深刻に受け止められたからである。
この調査は、ユネスコから出された「高等教育の教育職員の地位に関する勧告」を受けて行われたものだが、デンマークはこの勧告に改善努力をすると署名したものの、「新大学法」によって、勧告から遠く離れた実情を呈しており、デンマークの修士組合の組合長であるイングリッド・ステーエ(Ingrid Stage)は、ユネスコにこの事実を訴えるつもりであるという(2007年12月5日、Information)。(日本語でのこのユネスコからの勧告とアカウンタビリティについて考察したものに、富山大学の広瀬信のものがある。)
大学での研究の自由、そして教職員間の民主主義(意思決定過程への参画)、職員の地位保障といった領域で低いスコアとなり、23か国中21位という結果になったわけだが、このことを受けて、質問を受けた科学・技術・発展省の大臣ヘリエ・サンダー(Helge Sander)は、この調査結果を、現実の自由度について何も示さない「笑止もの」だといい、「デンマークがいる現在の位置(23か国中21位という成績のこと)で結構だ」、と言い切る(2007年12月6日、Information)。短期にわたる雇用契約で契約更新を続ける現在のやり方で、研究の自由が失われないかという質問に対しても、問題はないという見方をしている。
そのほかにも、大学の非常勤講師・TAたちの雇用の不安定さ(年金、育児休暇等の保障はない)、という事例がいくつも報告されている。正規雇用にすると高くつく労働力を、外部からの非常勤講師とすることで支出を抑えていると批判されている。通勤のために週に15時間も使って、4つの異なった大学で非常勤を続けている人の例などは確かに悲惨である。
研究・高等教育の場としての大学の機能の見直しとその労働条件について、国際的な比較から客観的に見える事実もあるのではないだろうか。国際的競争力という指標は一つだが、労働市場の需要に合った人材の育成など、教育現場に残された課題は大きいように思われる。
2007年12月12日には、コペンハーゲン西部の総合大学であるロスキレ大学が、ここ数年続く国からの補助金減額に伴う予算削減の方針に伴って、20-30名の指名解雇を行う決定を出したことをDagbladet Informationは一面で報じている(Information、2007年12月12日・13日)。上述のように、補助金は教育を修了した学生数(「生産」の「達成度」)に応じて支払われるので、プロジェクトベーストワークといった創造的な教育方針で知られるこの大学では、年限内に修了しない学生も多い。こうした事情も関連して、補助金の削減につながっているものと思われるが、上からの解雇というまさに「経営」の視点を打ち出した学長・理事会からの決定に内部からは大きな反発が起こっている。
この決定が学内のスタッフに知らされたのが12月11日の午後で、新聞記事が出たのが12日、そしてすでに1月の上旬には解雇されるものの名前が明かされ、その者たちは1月下旬を以って職場を去ることが決められている。現在は、希望退職者を募ったり、具体的な退職の条件・2008年度の予算を決めているところである。希望退職者には、わずかながらの退職金もでるようだが(デンマークでは日本ほど一般的ではない。どのくらい希望者が出るかはわからないが、今回の件での「退職金用予算」は全部で2300万円ほどである)、特に面白いと思ったのは、この無理な退職によって心理的に傷ついてセラピストに通うことになるかもしれないと、その支援のために建てられた予算が46万円ほどあることである。
2005年の国会開会に際してアナス・フォー・ラスムッセン(Anders Fogh Rasmussen)首相は、「社会が必要としているものを研究すべきであり」「“生産物を調達する”者に対して資金を出そう」とスピーチしたという(2007年12月11日、Politiken)。こうした市場原理がまさに理事会・学長からの通達となり、今回の大学での解雇騒動につながっている。この危機をどう乗り越えるのか、学内での民主主義の動きに注目したい。