国政選挙の投票日である。即日開票だが、結果が出るまではまだ10時間くらいあるだろうから、選挙についてはここでは触れない。落ち着いた頃、識者による選挙戦の分析などが出てくるだろうから、それを待ちたい。
選挙戦で何が興味深いかというと、各党のマニフェストである。何を実現目標として掲げているかを見ることで、「福祉国家の今」にどんな問題点があるのかが一望できると個人的に思う。争点は色々あるが、とくに今回挙がっている中で気に懸かったのは、医療制度と学校の教育環境の問題である。長くなるので、ここでは医療に関する争点を取り上げよう。
日本でも知られているように、デンマークでは医療は無料であるが、医薬は分業であるため、薬は薬局で購入することになる。歯科や耳鼻咽喉科といったごく一部の専門医を除いては、どんな体の不調であっても、まず診療所へ行き、自分のかかりつけ医に見てもらい、薬を処方してもらうか、診療所では手に負えないようなケースの場合には紹介状をもらって病院にかかることになる。つまり、かかりつけ医は担当の患者の健康情報に関して全てを管轄することになる。「病院にかかる」と簡単に言うが、現実には治療の順番が回ってくるまでに非常に長く時間がかかるため、待機期間中に亡くなる重病患者なども少なくないということで、政府は治療待ちの期間に対する保証を始めた。この保障に対する実効性等が、改めてまた与野党の福祉改革の争点として上げられている。以下、この治療待ち機関保障について、振り返ってみよう。
2002年の春に国会では病院法を改正することを決定し、2002年7月1日を持って自由病院選択制を取ることが可決された。かかりつけ医から公立病院に回されてきた患者は、8日以内に病院から治療までにかかる待機期間の見込みを知らせ、それが2ヶ月以上の見込みの際には、患者は民間の私立病院で治療をすることを選択でき、その費用は患者の住むアムト(県)が負担する、というものである。形成美容等の手術(費用も必然が認められない場合は、自費負担)、精神疾患、代替療法、実験段階にある治療、不妊・避妊治療等は、この待機期間保証の対象にはならない。また、アムトは2007年1月1日を以ってリージョン(地方)という大きな単位に改変されたため、現在は、病院はリージョンの管轄となっている。
この「治療待ち期間保証制」を土台として改正が重ねられ、2007年10月1日からは、原則として、期間保証が最長で1ヶ月(検査期間の最長2週間を除いた期間)と短くなった上、かかりつけ医が病院に紹介状を出した時点で、その病気に対する検査・治療を行うことができる国内の全ての公立病院と提携している民間病院から自由に選択し、かかることができることになっている。かかりつけ医は患者の病院選択について助言をすることができるほか、リージョンにもアドバイザーがいる。そのため、住んでいるところから遠いところに位置する病院での待機期間が短い場合には、交通費は自己負担となるが、大抵はそちらにかかることを選択することになる。癌やその他、生命の危険がある場合にはこの期間保証はさらに細かい規定があり、早期治療に取り組もうとはしている。しかしながら、この2007年10月1日の法改正でさらに寛容な保証が行われることで、癌治療だけでもさらに16億クローナ(400億円程度)の公費負担が余儀なくされると見込まれている(2007年9月30日 Berlingske Tidende)。
しかし、病室の数は限りがある上、医者、看護師が不足している状況にも関わらず、政府の規定のためにどんどん入院患者を受け入れざるを得なくなるとどうなるだろうか。…結果としては、病室が空かないまま病院の廊下にベッド置き、死を前にした癌患者がそこに寝かせられて入院生活を送る現状がある。2007年11月6日のPolitikenによると、フレデリクスベア病院の内臓疾患病棟では25人の患者が病室に、4人の患者は廊下に入院している状況が載っており、患者はその入院生活のプライバシーのなさ、先への不安などを語っている。
また、労働組合系のシンクタンク、Ugebrevet A4は、2001年の政権交代によって、現在の中道右派政権になって以来の民間病院の急成長振りをまとめている。疾病保険danmarkでは、すでに加入者は国民全体の4割にも当たる200万人を超えているし、保険会社TrygVestaは来年一年で100万人が民間健康保険に加入するであろうと予測しているという。それに加えて前述のように、公の治療費で民間病院で治療する患者も増えているのである。つまり、2001年の政権交代後の6年間で、
*4倍のデンマーク国民が民間健康保険に加入
*3倍の税金が民間医療セクターに投入
*2倍以上の患者が、税金を収入源とする公の治療費負担で、民間病院で治療
という現実が生まれたことがわかる。
新自由主義的政策の推進によって、公的システムに対する不信を募らせた国民が、結果的に民間に頼って受益者負担を甘受していること、そして結果的に「小さな政府」の方向にを進めているのが見て取れよう。また別の機会に投稿することになるが、現行政権下では大学の独立行政法人化も行われたし、近年の日本と共通した傾向が明らかである。こうした事情から、公的システムに対する不信と福祉充実を大きな争点として、今回の選挙が白熱しているため、今日は有権者たちが手に汗を握って、今後の国の行く末を見守ることになるのだろう。
*注
入院してしまえば治療費はもとより、食事なども無料で供される。そんな中で民間疾病保険が何をカバーできるのか疑問に思われるかもしれない。前述、疾病保険danmarkでは、保険タイプにもよるが、例えば一番身近なものだと、(18歳以上の成人は)治療費のほとんどが自己負担となる歯科治療、予防接種、眼鏡・コンタクトレンズ作成等に関しての補助金が支払われる。
2007年11月13日
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