使用者側の自治体連合が、提示する条件をのまない教員たちに対して職場を封鎖することで就労をさせずに、給与も支払わない事態にもっていくわけだが(使用者側に賃金支払い義務はない)、それに対して教員組合側は組合のストライキ用プール金を切り崩して組合員たちに損失給与を補償することになる。教員組合はとくに組織力のある労働組合で力も強いため、夏くらいまでだったら闘う資金はあると見込んでいる。これによって自治体連合側は、フルタイム換算で41,000人となる教員たちの給与を支払わずに済むため、結果として全国では一か月に16億デンマーククローネ(約265億円)も人件費を削減されることになる試算だ(Information, 2013年3月18日)。
今週の金曜日3月22日にもう一度交渉の場が予定されているが、その翌週からはイースターの休暇に入ることもあり、ここでまとまらなければ4月以降の混乱は避けられない。4月1日になってからも、さらに交渉が続けられる場合には、ロックアウトはさらに2週間延長が可能だ。それでもまとまらないものの、交渉人たちがまもなくまとまる見込みがあると考える場合には、さらに2週間と5日間ロックアウトは再延長される。それからはもう再延長の可能性はなく、5月4日から一斉に学校での授業がストップされることになる。
最も大きなダメージを受けるのはこの団体交渉の影響から突然学校が閉鎖されて、勉強することができなくなる全国60万人の子どもたち、そして彼らの行き場を探さないとならない親たちである。昼間子どもたちが学校に行けなくなれば、親が協力し合って面倒を見るか、職場に連れて行くなどの対応が求められることになる。特別の公務員規定で職務についている教員はこの影響を受けないようだが、その数は少なく、授業がなくなるのは避けられない。すでに、ロックアウトが実施された場合に備えて、子どもが学校に来られない場合の預かってくれる場所を探しておくようにという勧告もだされており、現実味は増すばかりだ。
では、教員組合側はどんな既得権を守ろうとし、使用者側からの提案の何を不服としているのだろうか。少し背景を見てみよう。以前の記事でもあげたとおり、デンマークの生徒の学力は、PISAなどの国際比較調査で芳しくなかった(「乗り越えたPISAショックと調査の妥当性」)。その後の努力で、自然科学に関する学力はいくらかの向上が見られたものの、平均程度の「きわめて平凡な」成績であり、同じ北欧のフィンランドが抜群の結果を連続して出しているのを見ていると、教育政策を行うものにとってもどかしいところもあったようだ。(青が数学的能力、赤が読解能力、緑が自然科学能力。グレーのゾーンはOECDの平均値)

教育にGDPの7.1%を費やし(2008年データ。OECDの平均は5.9%で、日本は4.9%。Education at a glance 2011)、OECD諸国の中でも第8位に当たる大きな優先順位をつけているにもかかわらず、費用対効果がよくないことも挙げられている。これを教員が授業に費やす時間が少ないためだと、全国の公立小中学校を管轄する自治体連合は槍玉に挙げ、教員の授業時間を増やせという要求を出している。自治体連合の調査によると、教員は実際のフルタイム勤務の中で授業に従事している時間は39.6%に過ぎず、もっと生徒たちと接し、授業に従事する時間をつくることで子どもの学習意欲や学力向上といった質の向上に貢献できるとしている(KLの報告書。デンマーク語)。
教員は「就業時間規則」という規定により、校長などの管理職によって決められることなく、自ら就業時間を振り分けることができる。授業準備に費やす時間がこれだけ、といった形で決められているため、経験豊富な教員が実際にはそんなに準備に費やす必要がなくても、その分を別のことに回すといったことができない。これが生徒と過ごす時間を増やすことを阻んでいるとして、使用者である自治体連合側はこの教員だけが備えた特権を廃止し、管理職がフルタイム週37時間の割り振りを決めるようにできるようにすることを「平準化」として望んでいる。対する教員組合側は、強硬にこれに抵抗しており、交渉は泥沼化しているのが現状だ。
同時に進行するのが、政府側の思惑としての「ゆとり」の廃止である。ドイツも同様のようだが、デンマークの学校もこれまでの半日制から全日制へ移行させることで、授業時間を増やすことで学力と国際競争力を高めたいという狙いである。2006年以来、7つの自治体に位置する13の学校で特例措置として全日制を導入し、学年を問わず8時から16時までの8時間を学校で過ごすようになった。(*学校教育法は16条3項は、幼稚園クラスと1-3年生までが学校で過ごす時間を、一日7時間まで(2010年以前は6時間まで)と定めている。)
そして2012年10月には、この全日制の学校がどんな成果を上げているのかを評価するため、第三者機関であるコンサルティング会社が教育省の委託を行った調査の評価報告書が刊行された(Ramboell『全日制学校評価 報告書』。デンマーク語)。同報告書は、直接学校に長くいることが学力の向上に貢献するとは結論付けられないものの、全日制の一部の学校では、ほかの全日制の学校や全日制でない学校と比べて前向きな効果もあった(なんと曖昧な!)、としている。なお、報告書の結論部分にも書かれている通り、ここで特例措置として全日制を実施した学校群はすべて(二言語児が多く在学するなど)問題のある学校だったということも併せて検討される必要があり、「学校にいる時間を長くすると生徒の学力が向上する」という単純な結論は導けない。それでも、教育相のクリスティーネ・アントリーニ(Christine Antorini)はこの結果を好意的に受け止め、「今後を見るに値する変化」として、全日制のための足場を固める準備をしている。「新・北欧の学校」というプロジェクト名で公立学校の改革を進める教育省は、学校教育法の改正も含め学校教育全体を変えることに意欲を燃やしており、そのために全日制の導入が要となることもあり、政治家も学校をめぐる労使交渉にあれこれを口を出したくなっているようだ。
しかし、フレキシキュリティのデンマークモデルとして知られる大原則に、「労使の交渉に政治家が口を出さないこと」がある。交渉がいかに膠着状態に陥ろうと、「政」は「労・使」に干渉しないというのがデンマークモデルの重要な原則であるため、これを曲げるわけにはいかない。たとえば、現在は経済産業大臣ながら、教育大臣を経験した急進自由党の党首のヴェステーア(Margrethe Vestager)は、教員組合が「改革によって授業準備の時間をとれなくなり、ディスカウントな授業になり学校の質が落ちる」といったような「神話」を作って世論を誘導していると発言している(Politiken,2013年3月3日)ほか、社会民主党の財務相のコーリドン(Bjarne Corydon)もたびたび口を挟み、教員たちに「口出しをするな!」と猛反発にあっている。

しかし、コペンハーゲン商科大学のペーダーセン(Ove K. Pedersen)教授によると、実質の使用者が自治体であっても、結局の財源は国から自治体に交付されるものであるため、財務相がこれにある程度の利益関心をもって自治体とともにシナリオを準備をしたり、意見を述べることはこれまでもされてきたことであり、これはデンマークモデルの基盤を壊す「干渉」には当たらないとされている(Information, 2013年3月19日)。財務相を経験したシモンセン(Palle Simonsen)も同意見である(Information, 2013年3月19日)。
教員にこれまでの週に25コマ(一コマ45分)ではなく、毎日5時間ずつの週25時間を授業に充てるようにさせるというのがこの全日制以降に伴う教員への要請だが、教員側からは親の立場の人をキャンペーンビデオに起用し、「先生が準備しないで授業をしたら、質が下がってしまう」「8時から16時までなんて大変なことよ?」、「子どもたちの遊ぶ時間や余暇活動はどうなってしまうの?」「保護者が先生と話をする時間を取れなくなってしまうのではないかと心配…」といった反応を示している(記事一番下のビデオ。自動再生ですみません)。国際競争力という指標だけに動かされて、人間味や文化的な素養のない画一的な子どもばかりになってしまうことへの懸念もされている。
新聞の投書欄の教員の女性は、「1.病気で休んだ生徒を訪ねるために、日曜日に家庭訪問した。2.生徒に犬と狼がどんな生物学的分類でつながっているのかと尋ねてられて、自宅で調べた。3.親との懇談が予定よりも長引いた。」といった最近の例を挙げて、経営側に就労時間を管理されるようになると、こうしたことをする時間を見つけられなくなると現在の就業時間を自分で割り振ることができることが大切という議論を展開している。(日本の教員なら当たり前のように自分の余暇時間を当てていると思われるが、それが当たり前と思ってはいけないと労働時間の意味を自戒させられる。)
緊張状態にある労使交渉という点でも、学校教育がどういった方向に変化していくかという点でもとても興味深い今回の教員たちの団体交渉を息をのんで見守っているところだ。(続報はまた金曜日以降に載せます)