2012年02月22日

福祉国家の「いわゆる貧困者」の家計簿

長いことブログの更新が滞っていて、情けない思いに駆られていた。書きたかったテーマがようやく固まって、ネタも集まったのでこの辺りで更新したい。

9月の政権交代を経てからも期待されたほど大きな動きはないが、主張の大きく異なる政党から構成された連立政権で、意見の一致を見るのに苦労している様子が浮き彫りになってきている。

ギリシャ・スペインを初めとするヨーロッパ各国で、深刻な財政難からの国政運営が困難を極めるなか、デンマークでは比較的「緩やかな不景気」が続いている。2011年12月現在の完全失業率は、6.1%(季節調整値)。失業者数は16万500人となっている。

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デンマーク統計局のデータによると、今日のデンマークの稼動年齢層のうちの約22%、785,000人が公的な経済援助を受けて生活している。失業者、疾病休業給付受給者、障害者、早期退職者、生活保護受給者といった人たちである。このなかには、まったく就労していない者だけではなく、公的な給与補助を受けながら障害や病気の負担にならない程度で労働に従事している者も含まれている。さらに、公共からの経済的な支援で生活している学生や年金生活者を含めれば、成人の半数以上が何らかの社会保障給付によって生活をしていることになる。デンマークの国から1銭ももらわずに、貧乏に潔く生きている私はそんなに少数派だったのか...

2011年9月に中道左派連立政権が成立したことで、2012年1月から「天井」と呼ばれていた生活保護費の支給上限、スタートイェルプ(『選ばれし移民は去り、招かれざる移民は周縁に』参照)、夫婦とも生活保護を受給するためには一定期間の就労を義務化した225時間ルールなど、生活困窮者を貧困に貶めていたとされるルールが廃止された(2012年1月より施行)。これに対して、野党となった自由党は、就業するよりも福祉給付に依存するほうが得るものが大きいため、健全な就労意欲を削ぐものであると批判し、「働くことが割に合うようでなければならない」と声高に主張している。

実際、その背景には、福祉国家の寛大な社会保障給付がある。雇用省の試算では、夫婦で生活保護を受け、子どもが二人いるケースを想定した場合、夫婦のひとりが月に29,500DKK(約44万円)の給与がもらえる職に就かないと割に合わないとされた。つまり、この額未満の給与で働くならば福祉で生きたほうが家族の可処分所得が多くなることになる。この額は、給与水準の高いデンマークでもなかなか立派な額となり、これだけ稼ぐのは楽ではないが、これほどハードルが高くなるのは夫婦は相互扶養義務があるため、ひとりが就労するともうひとりの生活保護が減額されるからである。

この野党の批判はもっともな点もあるが、恣意的な批判でもある。実際、夫婦ともに生活保護を受けているケースというのは国内で約12,000件、生活保護受給者の約10%に過ぎず、実際の生活保護受給者の多数を占めるのは単身で扶養家族を持たない者であり、この場合には福祉手当受給時と比較して就労時の収入は格段にアップするとされている。最低賃金の時給110DKKでフルタイム勤務した場合ですでに4000DKK(約6万円)、試算のような月給30,000DKKの職に就いた場合には税引き後で13,000DKKも収入が増加するとされる(DRニュース、2011年10月12日)。

こうした議論を受けて、デンマークにおける貧困とは、そして貧しい生活とは、が問われ始めた。社会民主党のウズレム・チェキッチは、デンマークの貧困環境に置かれた子どもの生活を改善することに大きく精力を傾けていた。しかし、自由連盟党のヨアキム・B・オールセンは、「こんなに豊かなデンマークで、誰もが寛大な社会保障で十分に惨めでない暮らしをしているにもかかわらず、貧困を大きな問題とする左派には吐き気がする!」と挑発したため、チェキッチ議員はオールセン議員を連れて、生活に困窮していると思われるシングルマザーの家庭を訪問し、その家計簿をテレビでも公開した。

結果は、家賃などの生活費に加え、犬の餌やタバコ代などすべて引いたあとで、手元に残るお金が5000DKK超(約75000円)となり、自宅アパートにはフラットスクリーンの大型テレビがあるなど、「貧困」とはいい難い現実だった。その後のディベートも散々なもので、その不適切な例はチェキックが貧困を強調すればするほど恥の上塗りという事態となり、左派にも右派にも呆れられる事態となった。


生活困窮者として想定されたシングルマザーの女性、カリーナの家計簿は以下のようだ。

収入 (計15,728DKK)
生活保護 9,800DKK
住宅補助 3,019DKK
母子加算、子ども手当 2,908DKK

支出 (計10,697DKK)
家賃 7,400DKK
電気代 700DKK
電話代 500DKK
ライセンス(NHKのようなもの) 196DKK
インターネット 148DKK
借金返済 600DKK
医薬品 70DKK
犬の餌 283DKK
サッカークラブ 300DKK
タバコ代 500DKK

つまり、すべて払ったあとでも、食費や交通費などに使えるお金が毎月5,031DKK(約8万円)手元に残ることになる。この家計簿は大きな議論となり、「学生辞めて、生活保護受給者になろうかな」といったぼやきが出るほどだった。学生たちは、SUという就学中の生活保障金が月々の収入で、その課税後に残る5,000DKKが毎月の生活費であり、家賃などの必要な生活費をすべて払ったあとに5000DKKが残るのに貧困なんて!と感じたのだ。

しかし、この学生の生活実態を「貧困」といえるのか。カリーナの後、大きな議論を巻き起こしたのは、ロスキレ大学の22歳の学生、ソフィー・V・イェンセンだった。彼女はPolitiken紙のディベート欄で、常にお金がなくてギリギリの自分にもう疲れた!と、自分の家計簿を公開し、学生生活の苦しさを訴えた(Politiken、2012年1月7日)。しかし、その投書は共感を呼ぶよりも、世界でも稀である、学校に通うだけでお金がもらえるという特権を持ったこの国でそれなりに生活はできる額の奨学金をもらいながら、貧困を訴えるソフィーに対して人々の批判は集中し、同紙のネット上のディベートコーナーでは2000を超えるコメントをマークし、ヴィジット、コメントともに、Politiken紙で史上もっとも数の多いディベート記事となった。

ソフィーの月々の収支は以下のようである。

収入 (計 5,181DKK)
SU(就学中の国からの生活保障金) 4,981DKK
母から 200DKK

支出 (計4,852DKK)
家賃 3,150DKK
光熱費 400DKK
電話 150DKK
保健・組合費 100DKK
インターネット 200DKK
通学定期券 460DKK
洗濯費 200DKK
ライセンス(NHKのようなもの) 192DKK

コメントの多くは、「郊外である大学のそばに引っ越せば家賃は下がるだろうし、交通費はかからなくなるだろう」「仕事を選ばず何であってもアルバイトをすればいいのに、それさえしないで文句をいうなんて、自分の選択の問題だ」といったものだ。このディベート炎上はその後ドイツのSpiegel誌で「月々700ユーロ国からもらい、希望に応じて就き400ユーロのローン真で受けられるこれで足りないってどういうこと?」と取り上げられたことで、ドイツにまで波及し、「国から0.00000ユーロしかもらっていませんが、ちゃんと学生生活をこなしましたけど!」といった200以上のコメントがつき、ドイツ人にもスポイルされたデンマーク人の「贅沢な悩み」として、批判されることとなっている(Politiken、2012年2月3日)。

こうした、自分がどのようにして社会に貢献できるかではなく、どうやって自分が国からもらえる分を取り返すかばかりを主張する精神は、「くれくれ根性」として、国内でも過剰になってしまった理不尽な要求と見られるようになってきた。PolitikenとTV2に対して行われたメガフォンによる調査によると、76%がとくに生活保護の受給者などの移転所得で生きている人が過剰な要求をしていると回答している(TV2、2011年12月24日)。

雇用大臣のメッテ・フレデリクセンは、社会民主党の同僚の言葉を引いて、「社会民主主義は、生活困窮者に対して、生きる“糧”を与えたが、生きる“目的”を与えてこなかった」と反省している(Politiken、2012年2月20日)。雇用大臣としての彼女が責任を負うデンマークの喫緊の課題は、特に114,000人に及ぶニートの若者(15歳から29歳。2011年11月)の教育による底上げと就業支援によって、公的福祉で生きている人々に成人としての働くことの誇りと喜びを与えることであるという。本記事は長くなったため、これらをどうして適えていくのかという雇用大臣の見解に関しては、再度稿を改めたい。
posted by Denjapaner at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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