このテーマで記事を書いている最中だったが、ちょうど今日日本では「サンデーモーニング」で「世界一幸福な国、デンマークの現実」といったテーマの番組が報道されたらしい。番組は見ていないが、ネットでわかるところでは「高福祉が依存と個別化を招いている」といった解説だったようだ。単純な「幸福な国」像(すべての人たちが毎日幸せに暮らしていると信じる人たちは、デンマークの政治家は日々国会で何をしていると思うのだろうか。)にも食傷気味の人が出てきているのは望ましいが、極端な姿でデンマークを現実以上にネガティブに描くのも公正ではないように思われる。デンマークについて、極端ではなくもっとニュアンスのある姿を伝えるため、これらについても少し誤解を解く記事としたい。
まず、デンマークのホームレス(定義が多少異なるため正確な把握は難しいが、国内に約5000人おり、そのうち路上生活者は500人ほど。国立福祉研究センターの報告書2009年)の多くは、薬物やアルコールなどにより精神障害を抱える者である。刑務所から出てきて住むところが見つからないケースもある。多くが生活保護等の公的援助を受けているが、それに伴う役所での面会義務などを嫌って、あえて給付を受けない者も少数いる。またデンマーク自治領のグリーンランドからきた者(同地では、伝統的生活習慣・精神構造が異なるが、急激な近代化が起きたために社会に適応できない人々が大量に生まれ、アルコール依存や子どもの性的虐待、自殺などの大きな社会問題を抱えている)や、EU圏の流動性により東欧からやってくる失業者やホームレスも少なくない。この厳冬の中でも、外国人ホームレスを宿泊させるシェルターには公金から援助を受けられないようになっている(2007年の法改正による)で、行き場のない外国人ホームレスは一部の私的なイニチアチブに支えられて何とかやり過ごしていることが、人権の観点から問題とする声もでている(Politiken,2010年12月5日)。
自殺/未遂者の典型的なものとしては、関心を引きたい10代が衝動的に鎮痛剤などを大量に服用するケース(多くが未遂)、あるいは精神病を抱える者による衝動的なもの、孤独な高齢者がうつ病を患っているといった原因が主なものだ(私も5年ほど現場で見てきたが、施設の高齢者が多少なりとも孤独を抱えるのは当然だろう。親しい友人や家族、身体的能力もを次第に失っていくのだから)。生活苦による自殺などというのは聞いたことがなく、その根本は日本とはまったく異質だ。デンマークでの昨今の貧困の増加や格差拡大は私もしばしば指摘しているが、これらを高福祉に帰するのは筋違いで、90年代からの新自由主義の論理がデンマークの政治場面に入り込んだことが原因だ。
社会に改善すべき問題があることは避けられない。しかしだからこそ、そこに批判や議論があり、よりよい方向に持っていくための人々の様々な努力とそれによる進歩の道がある。「デンマークから学ぼう」という熱意に応えるのは、「デンマークの人がどれだけ幸せに暮らしているか」ではなく、国内での議論のなかで「よりよい方向へ持っていくための努力と進歩を重ねる過程」だと考えている。それが拙著『デンマークの光と影』で意図したことのひとつだ。上記のテーマに関しても最新のものを詳述しているので、ご関心のある方にはぜひ手にとっていただければうれしく思う。
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2010年は「EU貧困年」だった。目に見えにくい「貧困」を問いに付し、可視化していこうという試みだったわけだが、皮肉なことに年末が迫りテーマはまもなく終焉を迎えるというのに、その重要性は増すばかりだ。デンマーク国内での貧困線を定めようという議論は、たびたび話題になってきたものの、いまだに合意を得ていない。OECDの貧困家庭の定義に則った平均所得の半分未満(122,000クローナ、約183万円)で暮らす人々は、デンマークに現在107,000人、うち子ども24,000人いることになっている。いつもよりも物入りの多いクリスマスになると、こうした人々が家族揃って温かなクリスマスを迎えるのには支援が必要となる。
タブロイド紙のEkstra Bladetとデンマーク国民教会援助組織がいっしょになって始めたクリスマス支援プロジェクトには、総計5,603,843.67クローナ(約8400万円)の寄付が集まった。これで3,947家族が、500クローナ(約8000円)をクリスマスディナー代に、500クローナを子どものおもちゃ代に、500クローナをスポーツ用品代に充てることを前提だ。これだけの額を「数週間の生活費」としてではなく、クリスマスに使い切ってしまえというのは、一見贅沢に思える。しかし、考えてみると、ひとが貧困状況にあるときもっとも優先順位を下げがちな食事・子どもの遊興費・文化に目的を特化して、家族で温かなクリスマスを迎えるという「質」の部分に焦点を当てていることが読み取れる。
上記のデンマーク国民教会援助組織は一例だが、他にもこうした非営利援助組織によるクリスマス支援は救世軍や母親支援の会など、いくつもある。人口の約3分の1が実際に仲間内でアソシエーション活動に参加しているデンマークでは、様々な目的に応じたアソシエーション(協会、組合、クラブ)が各地にある。会員はもちろんだが、会の活動として一般市民から寄付金を集める方法は広く普及しており、貧困家庭へのクリスマス支援もこうした非営利組織では「よくある活動」だ。500クローナ以上14,500クローナ未満(約8000円以上22万円未満)の寄付は税金から控除されることも、一般に割と広く知られている。団体からの寄付ももちろん大きいが、一般個人からの寄付もかなりの額になる点では、「歳末助け合い」が今も根付いているといえるだろう。ネットバンキングでの寄付、携帯電話で寄付メールといった手段がごく身近なことも挙げられる。
2009年のクリスマスプレゼントの一番のヒット商品は、デンマーク国民教会援助組織の「ヤギを贈ろう」キャンペーンだった。「あなたのクリスマスプレゼントの購入資金で、ヤギを1頭買い、アフリカの恵まれない家族に贈りました」というカードが、物の足りたデンマークの家庭で送り主ももらい主もうれしい贈り物となった。
去年ほど話題にはなっていないが、今年もやっている。今年は不景気も深刻さを増し、開発途上国支援よりも国内の困った人を助けるほうに回ったようだ。
クリスマス支援の申請数は、10年前には4000家族だったというが、今年は史上最多の11,000の家庭・単身世帯が申し込んだ。そのため今年は、クリスマス支援で最大の救世軍でも、受給基準を厳しくし、18歳未満の子どもを持つ家庭を優先させるために単身世帯は支援を受けられないようにする話がでていた。7000世帯を助けることはできるが、4000世帯は断るしかないと見られた。しかし、12月1日に政府とデンマーク国民党で特別財源を充てることが決定され、クリスマス援助を行っている6つの大きな組織に対して300万クローナ(約4500万円)の「クリスマスプレゼント」が贈られた。救世軍にも120万クローナ(約1800万円)が出されたほか、初めて実施したYoutubeでのキャンペーン(マッチ売りの少女のようだ!それほど視聴されているようには見えないが…)やフェイスブックを使っての寄付を呼びかけるアピールも功を奏し、無事に援助を必要とする単身世帯やホームレスにも援助ができたようだ(救世軍HP)。
国民の間で、とくに子どもを持つ家庭に対する支援が幅広い合意となっていることが窺われるだろう。こうした物入り時の金銭的援助としては、子どもの多い移民・難民の家族などが対象となることが多い。しかし正月とは違って、クリスマスには(キリスト教の)宗教的要素が付きまとう。そのために、クリスマスを祝わないムスリムの家族にどうしてクリスマス支援金が出される必要があるのだという論点で(いささか外国人嫌悪的な要素を含みながら)批判する声もあることを同時に指摘しておきたい。
今年は「年越し派遣村」は開設されないとのことだが、それは改善の動きがあるためと解釈したい。
日本の皆様、どうぞよいお年をお迎えください!
【関連する記事】
デンマークについては、全くと言ってよいほど知識がありません。ただ、愛知県の安城市は日本デンマークと言われていることで、湖ドンの頃から名前は知っていました。
blogを拝見して、少しデンマークの問題が分かりました。
せっかくですので、blogアドレスを本文に掲載して興味のある方に読んでもらいたいと思います。不都合がございましたら、すぐに削除致しますのでお知らせ下さい。
そのときは、デンマークと日本の現状
(文化的な処の差異は大きいですから
難しいでしょうが)人間の基本的感情
の充実度はどれくらいか違うかを教えて欲しいですね。
政策問題も大切ですが、どのような生活を営んでいるかもぜひ参考にしたいものですから。
ブログにも何度かお邪魔しましたので、繰り返しになりますが。よろしければ住所をご連絡くだされば、拙著はお送りいたしますので、ご遠慮なさいませんよう。
>>Akatanさま
コメント、ありがとうございます。「人間の基本的感情の充実度」ですか。大きく出ましたね。私程度でお答えできることがあるかわかりませんが…。もう少し具体的に希望を出していただければ、ブログの記事にするなり、お伺いしておしゃべりするなり、考えたいと思いますので、期待するところを具体的に教えてください。
地方都市へも用事があれば、ぜひ出かけていきたいと思っています。きっかけがないからいけないだけで、本当はあちこち伺いたいです。よかったら、お茶にでも誘ってください!伺いたいです。よろしければ、メールお待ちしています。
が私たちのもっとも知りたいところです。さっそくアマゾンでご本、注文させていただきました。今後ともご活躍を心から期待しております。