2010年11月17日

福祉ただ乗り撲滅のための29手

福祉を充実させると失業者の就労意欲を殺ぐ、ただ乗りをするフリーライダーが増える、という批判がある。日本でも半年ほど前に、子ども手当が導入されたときに、実在しない海外在住の子どもを不正申告する外国人に対しても手当を給付していたことが、現行政権に対する批判に上がっていた通りだ。寛容な福祉政策とその甘さを狙う不正受給は、残念ながら切っても切れない関係になっている。(「福祉 フリーライダー」のキーワードで、こんなでたらめな記事が上位に上がってくる実態に愕然とするが。)

2010年11月に出されたばかりの2012年度の財政法案は、今は何よりもまず外国人政策が話題になっている(結婚条件は、金に学歴、語学能力、フルタイム就業… 参照)が、それだけではない。緊縮財源の中でも比較的大きな予算(720万クローナ、約1億1520万円)がつけられたものとして、福祉不正受給の取り締まり強化が挙げられる。

不正受給は外国とつながっているケースも多く、国内だけの対策で取り締まれるものではない。外国と関連しての福祉不正受給には、母国にいながらデンマークの福祉を受給している外国人のケースもあれば、デンマークで障害年金手当の受給資格を得てから秘密裏に外国に移住しているデンマーク人のケースもある。そのため、とくにスペイン、トルコでは、不正受給者を見つけるという任務遂行のためのタスクフォースを発足させ、タイやモロッコでもパイロットプロジェクトが同時に始められた。これに加えて、デンマーク政府は空港でのコントロールを三倍に強化するなど、29の手管を使ってこうした不正受給を減らす意図を示している。税務省はこれによって、30-40億クローナ(約480億円から640億円)が回収を見込んでいる。

こうした国外と関連しての不正受給と同時に、国内で不正受給をするケースも数多くある。事実上はパートナーと一緒に生活しながら、ひとり親世帯に対する児童福祉手当や住宅補助を受けている場合、あるいは闇で働き税金を申告することなく働きながら無職と申告して生活保護/失業保険給付を受けている場合などである。こうした不正受給を減らすために、多くの自治体が、不正受給している疑いがある人物を知っている場合には、通報をするようにと呼びかけている。コペンハーゲン市でも12月から試験的に、ボタンひとつで匿名で不正受給者の通報を可能とするページを設けることが決定されている(2010年11月3日、Politiken)。これは、春に4週間に試験的に実施した「通報ボタン」で82件の通報があり、そのうち44件が信憑性があるとして詳細な調査が入ったことを受けてのものである。金融危機を受けて、多くの福祉領域が削られる中、自治体から各種手当を不正受給している隣人を寛大に見過ごせなくなり、役所へ通報するといったケースが増えていることが背景にある(2010年7月25日、Politiken)。

不正受給を減らすことは、規律と信頼に根ざした社会を構成する上で重要なことといえる。しかし、その一方、「手段」として匿名での通報・情報提供が奨励されていることが、かつての東ドイツのような隣人を監視し通報するような「監視社会」を築くという批判がでている。保守リベラル系シンクタンクCeposのチーフ法律家のヤコブ・ンチャンガマは、現在もすでに年金生活者が長期にわたって海外に在住する場合に届けを出さなければないことを例に挙げ、「福祉国家が絶え間ない管理と監視を生み続ける傾向にあることを示している」とコメントを発表し、こうした傾向が強まっていくことに懸念を示している(2010年11月7日、DR.dk)。

社会権や情報保護の専門家も、通報者のプライバシー保護の観点(多くの自治体で現在の匿名情報提供は完全に守られておらず、個人データ保護法に違反しているという)や、潔白な人を巻き込む可能性から懐疑的だ。潔白であっても「クロ」と判定されると、その人は上訴しなければならないが、実際にこうしたケースに巻き込まれるのは社会的に弱い立場の人であることを考えると、上訴などをする経済的、心理的、身体的な余裕をもたない場合も多く予想される。

自治体は世帯収入や家族関係などの状況をすべて把握することはできないため、こうした状況が変われば個々人が届け出ることが義務付けられている。しかし、実際にはグレーゾーンに当たるケースも少なくない。シングルマザーで各種手当を受けていたが、そのうちに恋人を見つけ、住所を登録しないままに一緒に暮らすようになるケースなどである。ともに生活している実態が明らかになれば、児童福祉手当から、住宅費補助、子どもの保育所での保育料免除など各種の手当が取り消される。しかし、恋人の住所を移さなければ、継続しての受給は難しくない。…こういったケースを隣人が通報するというのが、一番多い通報実態のようだ。しかし住所を移さずに、週に何度か遊びに来る程度ならばいいのか、どこまでが完全に独立した経済と呼べるのか…。線引きは簡単ではない。

2010年10月11日のPolitikenは、ある若い女性が隣人に通報されたことで自治体から調査を受けた結果、福祉手当の不正受給をしていたとして、離婚以来受給してきた額に相当する100,000クローナを自治体に返還するように判決を受けたケースを掲載している。彼女は、16歳のときに出会った相手と結婚したが結局うまくいかずに離婚し、二人の子どもの共同親権を持っている。子どもは二週間ごとにどちらかの親の元へ来る生活で、子どもを預かっているほうが車を使えるようにしようと、自家用車は元夫婦の二人で共同所有している。さらに、子どもの父親が子どもを預けにくるときに、どうして両親が別れたののかを理解しない子どものために、一緒にいるところを見せるとして二週間に一度食事をともにしている。これらをもって、自治体は離婚の実態がないと判断し、福祉手当の返還を命じた。現代的な家族の姿から生まれた、「かなり黒に近いグレーゾーン」のように思われるが、彼女の有罪無罪よりもここで挙げたいのは、隣人からの匿名の通報によって事実が発覚した点である。彼女は、誰が通報したのかを今も知らない。「自宅にいるときにも誰と食事をしているのか、いつ帰宅したのかなどを誰かに見張られている気がして、一日中カーテンを引いている」という彼女の不安に満ちたコメントは、まさに「監視社会」を示している。

信頼に基づいて誰もが高額の税金を納め、必要とする人に届けるために福祉があることを鑑みると、それを悪用する人がいることは大きな問題だ。しかしそのため、それを議論の基盤としてこうした監視社会を強要する装置が働くことは、苦しくもやむをえない選択となっているようだ。監視社会を所与のものとするか、ある程度の抜け穴を許すか、自分たちの望む将来をどこに置きたいのかを考えるべき時にきている。
posted by Denjapaner at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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