2010年05月01日

「教育ではなく、政治プロジェクト」 無益なナショナルテスト

日本でも、ちょうど2010年4月20日に全国学力テストが実施されたところだ。今年は抽出式になったようだが、それでも実質の参加率は高くでたようだ(リンクは文科省発表の都道府県別の参加状況。PDF)。今年からデンマークでもナショナルテストが実施された。デンマークは、世界でももっとも学校教育費の高い国のひとつとされる。EUの平均である、GDPの5.2%を大幅に上回る、8.5%を基礎教育(義務教育課程)に当てている(2002年)。これだけ投資をしているのだから、その成果を実証すべきという、政界からの要請があった。

このナショナルテストは、2006年に政府と閣外協力政党のデンマーク国民党、社会民主党の合意によってもたらされたもので、ようやく今年実施に至った。2010年2月から順次実施され、4月30日をもって最後の生徒たちが終了した。コンピュータ適応型テスト、CATと呼ばれ、個人の回答に合わせて次の問題が変化していく。このCATの技術を取り入れて、このナショナルテストは開発され、数々のトラブルを乗り越えてようやく実施に至ったところだ。総計で1億から2億クローナ(約18億円〜36億円)もの費用がかかったとされている。

しかし、イギリスのナショナルテストが、破綻寸前と批判されているのと大差なく、デンマークのものも実施早々、大きな批判が相次いでいる。Politikenが526校の校長に調査したところ、58%が「このテストはもともと教員が認識していた生徒の得手不得手を裏付けているに過ぎない」と回答し、「このテストが役に立つ」と回答したのは4分の1に過ぎなかった(Politiken、2010年4月28日)。8割の校長が、こうした全国テストは中央が各学校をより強く管理下に置こうとしていることの現われだろうと認識している。

小2から(小5を除いた)中2までの各学年を対象としており、以下のような科目で実施される。生徒のレベルに適応しながら問題が提示され、どんな学力レベルの生徒が受験しても、50%の正答率となるように作られている。
小2 国語
小3 算数
小4 国語
小6 国語、算数
中1 英語
中2 国語、地理、生物、物理/化学
現首相のラース・ルッケ・ラスムッセンはテストの結果を教育省のHP上で公表すべきだとしているが、教員・研究者・官僚のだれも総じて無意味な競争を激化させるとして、公表に反対の方針だ。公表に賛成しているのは全国校長のわずか3%に過ぎず、92%が反対(5%はどちらでもない)している(2010年4月30日、Politiken)。

首相は、2010年恒例の元旦スピーチで「360度のチェック点検」という用語を使い、小中学校をしっかりと管理することでその質の保障をすることを目標に掲げている。このためのタスクフォースが教育関係者で結成されており、2010年6月3日、4日の成長フォーラムの場でその成果を発表することがすでに決まっている。

2001年に発足した現行自由党保守党の連合政権は、「ゆとり教育見直し」ともいえる、生徒の学力強化を重視しており、2001年から2009年までの間に義務教育法を28回も改正している。以下は、主な重要な改正の主なものである(2010年1月5日、Information)。

2003年
・幼稚園クラスを含めた学力強化
・国語と算数の授業時間の増加
・拘束力を持った授業目標
・生物科の試験科目化

2004年
・地理科の試験科目化
・二言語児に対する言語刺激

2005年
・自治体の境界を越えての自由学校選択
・外国語としてのデンマーク語の授業の強化

2006年
・ナショナルテスト実施による授業改善、結果レポート公開による質のコントロール
・学力により重点を置いた小中学校の目標の明確化
・学校領域での自治体の責任の明確化
・生徒一人一人の計画、質のレポート
・国語と算数の授業時間増加
・学校管理庁と学校評議会の導入

2007年
・小中学校での中等教育に向けた早期の進路指導
・10年生クラスの目標設定

2008年
・教育義務を10年間へ延長
・放課後の学童保育の目標と内容の明示化

2009年
自治体の学校に対する責任のさらなる明確化

「ゆとり」をなくし、PISAのような国際学力調査で好成績を収めることができるように、主要科目を重点化しているのがわかるだろう。

PISAで好成績を収めたフィンランドでは、教員養成には大学院の修士号を要し、5年がかかるが、デンマークでは教員養成大学での4年間のみだ。PISAの結果から、フィンランドに倣って現行の教員養成を5年間の修士課程での教育とすれば、このナショナルテストを実施するよりもさらに費用がかかるため、それに比べれば安上がりとされていた。だが、こうした校長たちもいうように、「テストを行うだけでは生徒は賢くならない」。とくに結果の公開は、競争の激化から悪夢のシナリオへつながりうる。

裕福な家庭の親が子どもを結果のいい学校へ移し、(たとえば、移民やその第二世代の割合が多く、試験問題の理解度が十分ではないために)悪い結果となった学校には、転校をする余裕のない家庭の子どもだけが残る。教員も同様に「悪い学校」を避けることによって、成績だけではない、貧富の差、民族的マジョリティー・マイノリティーといった別の条件での二極化が進む。次第に、結果を出さない学校は公からの補助金を減らすといった措置で、「悪い学校」にいった生徒は中等教育やその先のチャンスがよりつかみにくくなる…。

ナショナルテストによって、学校側がよりよい成果を上げるために、学力だけにフォーカスした授業を行う懸念もだされている。そうした教育法は、「生徒」というコマを使って教員が行うゲームに堕すものとなる。すでに、移民・難民の家庭から来た子どもたちを多く抱えた学校が、デンマーク人の民族的背景を持つ者がよその「白い学校」に移ることで、よりその度合いを強めていることは周知の事実だ。コペンハーゲンのある地域では、二言語(デンマーク語以外の言葉を母語とする)子どもが98%を占めるところもある。

こうした社会事情に対抗するように、小学校以前の保育園・幼稚園の頃から統合(インテグレーション)を、というイニシアティブで、コペンハーゲン市では民族的背景を考慮して一定の割合となるようしたうえで、子どもの受け入れをすることを決定したところだ。小さなうちから子どもに「社会で一緒に生きているのは、(民族的背景が)デンマーク人だけではない」と慣れさせるという社会民主党と社会人民党からの提案が通った形となる。保育受け入れの待機リストは長いため、空きができたときの提案を断るとまた別のリストの一番下に加わって待つことになる。自由党の市議会委員であるセシリア・ロニングは、こうして自由選択を廃しても、結果的には民間の保育施設を増やすことになるだけだが、左派はそれを望んでいるのか、と挑みかかっている(2010年4月26日、Politiken)。確かに、選択肢の拡大というリベラルの原則は、医療の領域でも民間産業の流入と繁栄を招いた(本ブログの医療問題カテゴリー 参照)。その経験から言えば、結局、資源を持つ者が新たな選択肢を見つけだすことは必至だろう。

乗り越えたPISAショックと調査の妥当性でもあげられたことだが、デンマークは客観的調査に反映されずとも、これまでの教育のやり方で培ってきた創造性や自律といったよさを再認識して守っていくべきだ。教育省は「使えない」ナショナルテストを実施して成果を計るよりも、教員の一斉退職問題やなお不足する教員志望者のことを考えてしかるべきだろう(進学状況から見える現実 参照)。私には「360度の点検チェック」とは監視社会を実感させる恐ろしい言葉に響くが、子どもを信頼しないようでどこに着地するのか気になる概念だ。6月の報告書が出たら、また追って記事にしたい。
posted by Denjapaner at 22:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育政策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
PISAの影響はどこの国も大きいようですね。ご存知のように、日本では全国学力テストを抽出方式にしたのに、学校側からの希望が殺到して、結局ほとんど実施するようになりました。一斉テストに反対する教職員が多いだけでも、デンマークの方がまだ正常なんだと思います。それにしても、国の対応が日本と同じというのは、以外であると共に残念です。一斉テストも調査目的だけで終わってくれれば問題ないんですが・・・。
Posted by dolittle at 2010年05月04日 18:34
>>dolittleさま
コメントありがとうございます。日本では集団の圧力というか、学校側(当事者である「生徒側」ではない)によって何らかの目的を達成するために、学生・生徒にテストへの参加を強いているように感じられます。ある意味、経営陣側のエゴとも取れます。

デンマークで「教員が一斉テストに反対している」というのはあまり正しくありません。上からの決定であれば、実施自体に反対はできないからです。ただ、この小国では、フットワーク軽く何でもやってみて、だめだったら今後はやめればいい、という柔軟性があります。そして今はちょうど、このナショナルテスト実施後の「振り返り・評価」がされたところであり、それをこのブログ記事にしました。

各紙の読み比べはしていませんが、少なくともこのPolitiken紙の結論によると、教員をはじめとしたほとんどの関係者が、このテストが何の役に立つのかが見えないと感じていることになります。子どもたちの学びの質が向上する、学力がつく、教員に授業の参考になるといった、何らかの形で教育の向上につながる要素があれば、コストをかけても納得がいったのでしょうが、現在のところではただ政界の要望だけで動かされたという実感があり、だったらほかに優先課題はあるはずなのに、と現場の不満が高まっているようです。(簡易にうまく伝えられていませんが、それがこの記事のタイトルの意味です)
Posted by Denjapaner at 2010年05月05日 06:37
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