たとえネットで安いものを買っても、EU圏外からだと付加価値税や関税がとられ、結局は割に合わない価格になる(昨日聞いた話だと、350クローナの物を買って、250クローナほど課金されたらしい)。国際郵便局は到着する荷物の10個に1個を抜き出して開封し、「贈り物」と書いてあってもインヴォイスが入っていないか(購入したものが偽装してあることがある)をチェックしているようだ。旅行先で買って荷物に入れてきた物も、EU圏外からの場合、外国での購入総額が1350クローナ(約25,000円)を超える場合にはその額を空港で申告し、25%の付加価値税(消費税)と関税を支払うというのが原則だ(実際にはほとんどの人が意識的にか無意識にか、申告していない)。このように、物価の高いデンマークでは、外国で安いものを買おうと思っても、それさえも諦めざるを得ない。
労働の対価である所得も、金銭だけに所得税として課税するだけではなく、仕事を通じて受ける福利厚生も一種の給与とみなし、その恩恵の相当額に課税する前提がある。だからこそ、政府が民間病院を不当に優遇しているという批判もこれに基づいている。勤務先が福利厚生として従業員に加入させる民間健康保険も、この原則によれば恩恵を受ける者が課税される対象となるはずだ。しかし、政府がそれを敢えて非課税としたことで、大手民間企業等で働く比較的裕福な層のみに民間健康保険という選択を与え、恣意的に民間病院の隆盛を招き、医療格差を拡大させた。医療費無料の現実と民間健康保険人気という歪み 参照。
やや話は逸れたが、本題の税金の話に戻そう。これまでも、勤務先で契約している携帯電話や固定電話などを自宅で利用する場合には、その恩恵が年間に3000クローナ(約5万円)の価値とみなされ、課税されていた(被雇用者の場合には給与から所得税などと一緒に天引きされるため、課税率は所得による)。在宅勤務をフレキシブルに可能とするために、勤務先からコンピュータや電話、PDAなどを自宅に持ち帰ることを許す場合も少なくない。そうなると、私的な利用をすることができるため、これに課税しようとなる。
ここ最近に導入されたものでは、2010年1月に導入されたマルチメディア税が挙げられる。NPOなどでボランティアで働いており、コンピュータを自宅へ持って帰るケースなどでは徴税されないなど、いくつかの例外はあるが、基本的にコンピュータ、電話、インターネットを通じて音楽をダウンロードできるものなどは、年間に3000クローナ(約5万円)の価値とみなされ、課税されることになった。5000クローナになるともいわれていたが、結局は3000クローナで落ち着いた。これを12ヶ月で割り、月々250クローナがお金で支払われる通常の所得に加えて、「所得の一部」とみなされ、そこから額に応じた税率で引かれる。実質には、最高税率を払っている人で年間約1700クローナ(月約140クローナ、2500円)、それ以外の人で約1225クローナ(月約100クローナ、約1600円)になるとされている。私的利用をしていないと公言し、勤務先のパソコンを車に積んでいても自宅に持ち込まないならば課税しない、勤務先は契約している電話機の利用明細をチェックして不審な私的利用がないかを点検すること、などと細かな規則があるが、現実には完全な管理はしきれないだろう。
デンマークの実質の国民負担率は約73%で、世界一とされている。こうしたやり方をしていれば、それも頷けるだろう。容赦ないという感覚を受けることもしばしだ。
自由党・保守党連合政権は、政権についてすぐに「税ストップ」(2001年の基準以上に税金を上げない)という減税策を実施したほか、2010年の1月からは大幅な税制改革を行い、減税を喧伝している。しかし、この税制改革も、@豊かな層にとって大きな減税になるばかりで、本来もっと恩恵を受けるべき所得の少ない層にとって大きく減額しないこと、A金融危機後の不況で公共投資を増やすべきところ、税収減によって、福祉を削らざるを得ないこと、などが多くの批判を招いている。
一定の予算からのやりくりは優先順位の問題であり、必ず削らなければならない領域が出てくるが、隠れた税収源を見つければその効果は大きい。この1,2ヶ月で話題に上っていたものは、二つある。ひとつは「租税回避地」といわれる、ジブラルタル、マン島、リヒテンシュタインなどの国にあるデンマーク人の口座の動きを追って、脱税を見つけ出すことである。10億から40億クローナ(約160億円から650億円)ほどが隠匿されているといわれ、どの程度回収できるかは不明だが、10億クローナはくだらないと見られている(2010年3月23日、Information)。税逃れをしている人を見つけ出すために、当該地の銀行員が盗み出したデータを匿名を条件に巨額で買い取る国はたくさんある。フランスやドイツでもこうした方法で、たくさんの脱税者を見つけ出している。ドイツはデンマークとの間に、入手した情報にデンマーク人のものがあればデンマーク政府へ提供するという協約がある。これにより、2009年11月にはリヒテンシュタインの元銀行員が盗み出したデータに載っていたデンマーク人の情報がドイツからもたらされ、約50人のデンマーク人の脱税者が見つかった。
しかし2010年2月の段階では、国がこうした裏に流出したデータを巨額で買うことが、倫理的に問題があるのではないかとデンマークでは国会の過半数が懐疑的だった。オールボー大学の刑法を専門とするラース・ボー・ラングステド教授は、銀行員としての守秘義務を破ることにはなるが、その情報が重要で公共の利益になるものの場合には構わないことになっている、法律的には支払いがあったかどうかはまったく関係なく、政治上の決断となるとしている(2010年2月10日、Information)。スイスでは、100万クローナ支払えば、7億5000万クローナにも上る脱税を発見することができると見積もられているが、当時の税務大臣のクリスチャン・イェンセンは、守秘義務を破って濡れ手で粟をつかむ銀行員が増えることを実質上支援をすることに反対の意を表明していた。
しかし、2010年2月に大幅な閣僚交代が行われ、新しく税務大臣に就いたトロルズ・ルンド・ポウルセンはこの方法に乗り気であり、将来的な実施に向けて、2010年3月には「大捕り物」前に自首を推奨する具体策を出している。この提案は大赦協定と呼ばれ、ノルウェー、アイルランド、イタリアなどで大きな効果を上げている。資産を外国に隠匿している者は、現在は見つかれば懲役8年と罰金を払うことになるが、この協定では自首すれば懲役刑を一切なくし、罰金を半額にするという寛大なものだ(自首すれば現在も罰金は半額となる)。ノルウェーでは同様の取り決めによって410人が自首し、その額は18億ノルウェークローナにも上り、数百万クローナの税収となっている。制度の似たデンマークでも効果を挙げることは間違いない、と新大臣は期待感を語っている(2010年3月2日、Politiken)。
隠れた財源を見つけ出すもうひとつの方法は、法人税からの収入だ。公共セクターからも多くの業務を請け負っているいくつもの多国籍企業が、数年来まったく収益を上げていないとして法人税をたったの一クローネも支払っていないことが明るみに出た(2010年4月12日、Politiken)。食品大手のネスレやクラフト、ガソリンスタンドのQ8、富士通、IBMなどである。大きな企業が徴税を最小に抑えるために、税務の専門家を雇い、抜け道を探していることは公然の事実であり、こうした「努力の結果」、外国に姉妹会社を作り、収益で姉妹会社と不当に高額あるいは低額で取引し(移転価格と呼ばれる)、デンマーク国内での収益をゼロとすることで徴税を逃れるという手法を取っているようだ。姉妹会社との取引でも市場価格と同等でないとならないという規定があり、これは不法である。こうして徴税を逃れている額は70億から140億クローナに上ると見積もられている。一例では、Q8は過去15年間まったく法人税を払っておらず、昨年は60億クローナの売り上げを出していながら、最終決算では120万クローナの赤字で報告している。企業の収支決算報告が正確なものかどうかを厳しく確認するよう、税務省のスタッフを増員するなどして対応すべきという流れになっている。今後の成り行きに注目するが…あまりにも当然過ぎて議論の余地がないので、コメントできない。どうして、今までそのままにされていたのかが問われるべきだろう。
公共サービスの質を向上させるためならば、もっと税金を挙げても構わないという人たちが33%もいる(2009年6月2日、Information)一方で、こうして個人・企業を問わずに徴税から逃れようとするケースがある。福祉社会の合意を構成していくことと、個人の資産を増やしたいという資本主義の欲望が「いたちごっこ」となっているのが見てとれる。
数日後のニュースでは、マクドナルドが26年経って、初めて納税したという「歴史的なニュース」が紙面を賑わせた。マクドナルドは、1981年にデンマーク第一号店が出店して以来、26年した2007年に初めて異例の3800万クローナ(約7億円)を納税したという。どうして今になって急に払うことになったのかは、マクドナルド側からはっきりと表明されていないが、「これまでの年の申告額に誤りが見つかったため」とされている。税の専門家であるクリステン・アムビュは、おそらく税務署のほうから内々に圧力をかけられ、イメージダウンにならないうちに納税したと見ている(Politiken, 2010年4月18日)。
ほかにも、石油会社のシェルが700万クローナ(約1億2000万円)、ユニリーバは2008年には1999年から2007年までの分の清算として3000から4000万クローナ(約5億から6.5億円)を払うことに同意している。こうした会社は、突然納税をすることにした動機について詳しくを語りたがらないが、これまでも正しく収益を確定申告してきたが、今改めて清算しているといった立場を保っている(何のことやら)。企業の社会的責任が語られるようになってしばらく経つが、こういった言い逃れは逆に苦しいだけである。そして、そこに富士通が入っていることが日本人としては残念だ。Politikenはあくまで皮肉にこうした道義的責任を追及している。富士通の例でも、「日本のIT会社である富士通は、「The Fujutsu Way」という文言の下に企業が「環境を守り、社会に貢献する」としている」と引用している。「税金を納めない(富士通は、最低でも過去10年は納税をしていない)で社会に貢献するなどとは笑止千万だ」といいながら。富士通だけが不実なわけではない

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私は、デンマークの「社会民主主義」という言葉は、こちらに引っ越してきてから初めて知ったぐらいの初心者ですので、的外れの意見であることも多いと思いますが、デンマーク在住の一般的日本人としてのコメントを残していきたいと思います。よろしくお願いします。
この10年でデンマークは大きく変化した、ということを在留邦人やデンマーク人から聞くことが多く、自由党の政権取得後に、福祉国家デンマークに新自由主義が台頭してきているという点は、デンマーク在住の人々皆が認識していることのようですね。私は、政権が変わり実際に社会が変わっていることに対し素直に関心をもっています。同時に、批判されることの多い自由党ですが、旧来のデンマーク国家の枠組みでは、急速に変化する国際経済に歩調を合わせるのはかなり困難であり、政権がかわったからこそ、この程度で済んでいるのだというのは、言いすぎでしょうか。私の現地の知り合いは、海外在住経験の多い技術系やビジネス人が多いのですが、社会民主党時代に戻るべきという考えの人はいないように見受けられます。
国益重視、国民重視、家族重視は美しいですが、外部世界とのバランスを保つ必要性は避けて通れず、デンマークの良い面をできるだけ残しつつも、旧来の福祉国家の枠組みの再デザインが求められている時なのだと思います。(だからこそこのようなブログが注目されるんですよね)
エスパーセン氏の家族休暇への一連の批判を見ていると、30年であればどうだったのだろうと、思わずにはいられません。家族重視の政治家として賞賛されていた可能性もあるのかなと。外国との交渉が中心の国家職にある彼女が、家族サービスを優先させたのは、非常にデンマーク的思考だというのが、私の第一印象でした。
直接、本文には関係ありませんでしたが….たびたびまた訪問させていただきます。
Yoshiさんのブログから参りました。スウェーデンに住んでいますが、お隣デンマークのことはいま少し、良く分かりません。
こちらでは、特に移民関係の政策が報道されています。
読み応えのある記事、ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしく。
コメントありがとうございます!こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。
私も、「社会民主党政権に戻れば、すべてうまくいくのに!」とは全く考えておらず、むしろ社会民主党に入り込んだ新自由主義の論理に注目しています。情報化やグローバリゼーションの中で、市場原理が入り込んでくるのに逆らうことはできませんし(それが技術の進歩であり、「成長」とされますから)、私たちはそれに理論的に対抗する(進歩や成長の何がいけないのか)に十分な答えをまだ見つけられていないように思います。日本にもいえることですが、デンマークも、動き続ける社会の現実の中で試行錯誤を重ねていっているわけです。
社会科学領域のデンマークの知識人の言論では、新自由主義批判は当然のものと考えられていますが、現政権に対する厳しい批判はしても、そこで社会民主党を支持する声になることは稀のように思います。社会民主党では前党首のMogens Lykketoftあるいは先日亡くなったSvend Aukenを惜しむ声は聞きましたが、現在のHelle Thorning Schmidtに関してはとくに聞きません。新聞などでも彼女の姿はあまり見えてきません。本人は「デンマーク初の女性首相」を狙って、やる気十分のようですが、どうでしょう。
>里の猫さま
コメントありがとうございます!先ほどブログも拝見させていただきましたが、文化と教養に満ちていて、素敵でした。またゆっくりお邪魔させていただきます。こちらにもぜひ時々いらしてください。里の猫さんもYoshiさんも、ビジュアルにもアピールした記事を書かれるので、文字ばかりで愛想なしのこのブログも改善しないと、と考えているところです。
スウェーデンでは(雑な言い方ですが)社会の仕組みはそう違わない、あるいは互いのことを知っているから、違いが際立つデンマークの移民政策に注目するのでしょう。
先日、マルメでユダヤ人に対してこれまでにないほど憎悪に満ちた処遇が広がっているという記事を読み、ショックを受けました(2010年3月21日のPolitikenですが、残念ながらネット上では購読者しか読めないようです)。スウェーデンの外国人(移民・難民)政策は、政策レベルでは寛容な一方で、市民レベルではどうしてネオナチの台頭やユダヤ人に対する激しい憎しみや排斥(ヘイト・クライム)がこんなに表面化しているのでしょう?…自分のコメント欄でこちらから質問を投げかけるのもおかしいですが、私も注目していきたい話題です。