初期治療の場合には、かかりつけ医に処方箋を出してもらって、薬局で薬を購入する。医薬は分業のため、薬は有料となるが、任意の民間の健康保険に入っていれば後に一部が還付される。たとえそうした保険に加入していなくても、高額の医薬品支出には国から補助金がでる。総額が高くなるに従って個人の負担割合は下がるようになっており、とくに18歳を超えていない未成年、そして高齢者には、自費負担額が多額にならないよう配慮されている。
医薬品代に国からの補助がどの程度あるのかは、以下の表の通りだ。18歳以上場合で、一人当たりの年間の医薬品代(認可を受けたものという制限がつくが、ほとんどが認可を受けている)の総額を対象としている。つまり、年間で15,000円程度までは自己負担だが、それを超えるとかなりの補助が出ると考えてよい。18歳未満の場合には、0〜1385krまでも一律60%の補助が与えられ、1385krを超える場合には成人と同様の割合となる。
0〜850kr(約15,000円)の場合 0%
850kr〜1385kr(約25,000円)の場合 50%
1385kr〜2990kr(約53,000円)の場合 75%
2990krを超える場合 85%
つまり基本的には、病気で治療のため高額の薬品を継続して服用しなければならない場合にも安心できる制度といえる。しかしこれは同時に、極言すれば「どんなに高い医薬品を使っても、自己負担は小額に留まり、残りはすべて全国民が納めた税金から支払われる」ことになる。
金融危機後のこのご時世で、さらに税ストップ(高福祉の裏にある過酷な税徴収と「いたちごっこ」 参照)を実施した政府は、税の減収によるダメージを少しでも補填するために、公共支出の削減を迫られている。医療費削減も、もちろんその対象となる。
現在、デンマーク国民は年間に120億クローナ(約2160億円)ほど薬局で購入する医薬品に支払っている。そして、そのうち50億クローナが国民の自己負担で、残りの70億クローナは税金を納めるすべての人が払う公共医療保険(所得の8%が毎月引かれる)でまかなわれている。この70億クローナのうち、10から20億クローナ(180-360億円)が削減可能なのではないか(日本の流行に乗せれば、事業仕分けで削減可能と判断された)というのが合理的薬物療法研究所所長のステファン・チアストルップらによって挙げられた、今回の議論である。
医薬品業界は、デンマークの産業として重要な位置を占めている(2006年のもので少し古いが、JETROコペンハーゲン事務所のレポート「デンマークのバイオテクノロジー産業」がよくまとめてある。PDF)。北欧の小国ながら、デンマークは抗うつ剤や糖尿病治療、酵素などの分野で、世界をリードしてきていると理解される。その一方で、エビデンスに基づいた医療を旨とする、コクラン共同計画の北欧コクランセンターのセンター長であるピーター・グッツェは、医薬品産業が新薬の効果を事実以上に大きく発表したり、都合の悪い発表は避けるなどをしていることをしばしばメディアで取り上げてきた(Information、2008.10.7.など)。
入院患者のための医薬品を購入する公立病院(正確には、管轄する広域連合)は、医薬品産業界にとって当然ながら、大きな顧客だ。そのために病院に対して大口割引は適用されるが、それだけではなく、薬局での購入時の通常価格の数十分の一という破格で病院に売っていることが明らかになった。これでは、国民の税金でまかなわれる医療費を抑えることになるように聞こえる。しかし、医薬品産業界の狙いは、入院患者が退院したあとに、継続して薬局で当該薬を定価購入する忠実な顧客となってくれることを見込んでのものである。医薬品業界は、病院へ破格のディスカウントを与えることによって、薬局での購入に公共補助金を受けながら、まだ特許な有効である高価な薬剤を今後も末永く服用する患者を作り出していると指摘されている(Politiken、2010.5.2.)。
記事によると、こういうシナリオで進むようだ。入院患者にたとえばうつの傾向が認められ、病院で抗うつ剤が出される。病院側は製薬会社から安い金額で買ったものなので、躊躇なく処方できる。そして、入院患者が退院する際には、患者は病院の医師に出された処方箋をもっていき、指示されたものを薬局で購入することになる。薬局での価格は、病院が購入した価格よりも大幅に高く、相当な出費となるが、上記のように国からの補助が出るので、自己負担金は少ない。同じ効果がありながら特許がきれているため格段に価格が安い後発医薬品(ジェネリック・ドラッグ)があるが、成分はまったく同じではないため、薬剤師には、医師の処方を変えることはできない。しばらくして、患者がかかりつけ医の診察を受けたときに、良心的な医師が同じ効果のある別の後発医薬品があることを説明しても、入院時に指定されたこれまでの処方で調子はいいし、どうせ自己負担額は大きくないため、患者は処方の変更を拒否する…。ジェネラリストであるかかりつけ医よりも、スペシャリストである病院勤務医のほうが、一般的に患者の信頼を勝ち得ていることも一因と見られている。
薬局での価格のいくつかの例が載っており、記事はこのもっとも高価なものが病院に向けて低額で提供されていることで、販路を拡大し、同時に不当に税金が医薬品産業に流れていることを示している。
抗うつ剤の薬局での販売価格(一日分処方にしたときの換算額)それぞれ高いもの(つまり、病院での処方との価格差のあるもの)は、安い後発医薬品の27倍、15倍もになっていることがわかる。この記事は、今後、他のコピー薬剤に比べて不当に高い薬剤に補助金をおろさないことにする措置も検討中だとされている。
シタルプラム 0.63クローナ
エスシタロプラム 12.99クローナ
セアトラリン 0.47クローナ
胃潰瘍の薬の薬局での販売価格(一日分処方にしたときの換算額)
オメプラゾール 0.58クローナ
エソメプラゾール 8.77クローナ
ただ、すでにデンマークはヨーロッパの中でもコピー薬が最も多く販売されている国とされ、こうした点を鑑みると、10億から20億クローナの節約というのは非現実的という声も聞かれる。しかし、企業の社会的責任に重点を置いているデンマークとして、産業界が収益のために税収で得た医療費を不当にせしめるのは倫理的におかしいという声も上がっている。現在の寛容で共感的な医療制度を維持するためにも、締めるところは締めて、不当に産業界を潤すことがないように見守っていかなければならない。福祉国家のモラルハザードは、「働く気がなく移転所得に頼る怠け者」といった)個人レベルで指摘されてきたが、企業レベルでも寛大な医療費の公金からの還付を利用した、詐取に近い手法が横行していることをここで指摘しておくのも重要となるだろう。


