2008年9月2日のMetroXpressの記事にはそんな不満が「皮肉な現象」として結実している様子を描かれている。何と失業給付受給者たちが、こうした失業保険の条件を締め付ける大本である、雇用省の大臣ポストにこぞって応募しているのだ。「今の大臣よりも、自分のほうが職務を果たす能力がある!」と名乗りを上げて、現在の大臣クラウス・ヨート・フレデリクセンを挑発しているのである。当然、大臣ポストに空きがあるわけでもなく、公募しているわけでもないのだが、そんなことはお構いなく、過去6ヶ月間に220通の応募書類が届いているという。真剣なものも不真面目なものもあるが、応募してくる以上一つ一つ誠実に対応しなければならない、と雇用省チーフコンサルタントのスザンナ・ブルーン(Susanne Bruun)は述べ、それぞれにすべからく丁重な対応をしていることを印象付けている。記事には大臣のコメントは取れなかったとあるが、「失業者たちが大臣をからかう」という見出しで、大臣の反応が見もの、という扱いなのはいうまでもない。
また、同日同紙の別の記事では、大学で修士課程を終えたばかりの学生が、修了からやりたい仕事を見つけるまでの求職期間中に、真剣にやりたい職を探すことと、給付金を受けることの間で葛藤を経てきたことを描いている。絶対やる気のない仕事に応募して、どうやったら面接に呼ばれないで済むかを考えるという無意味…。ようやく彼は就職を決めたが、この仕事は給料の一部に国の補助金が降りるため、この週に4件の求職という要件は就職後にも免除されず続いているという。就職してなお、37時間フルタイムで仕事に加えて、週に4件求職書類を送り、コムーネのジョブセンターの就職アドバイス面接に行くというのは、明らかなシステムの欠陥であることが、事例を通じて指摘されている。
怒っているのは、失業給付金を受けている失業者たちだけではない。ろくに就職する気のないものからの応募書類を真剣に検討し、面接を重ねる雇用者側も当然不満を募らせている。こちらからの反撃は、応募書類の偽者の送付先を確保する形で行われた。応募書類をメールで送ると、「応募ありがとうございました。あなたのプロフィールに適合する仕事はありませんが、政府が週に4通の応募書類を書くことを要件としているうちは、またこちらに応募していただいて結構です。」と返信が来る。これは通信関係の会社で、まったくやる気のない応募者の書類選考などに時間を使わざるを得ないことへの反抗として行われている。この挑発を行っているハンス・ストックホルム・ケァー(Hans Stokholm Kjer)は、自分がもし失業者なら、絶対に首相に手紙を書き、雇用大臣の職に応募すると同記事でのインタビューに答え、苛立ちを顕わにしている。
さらに、このところ失業給付をめぐっては、支給額を上げて給付時期を短くするという議論も熱を帯びてきており、現在の最長4年間から短縮される可能性が十分にでてきた。しかしながら、これは、再就職先の見つけやすい高学歴の者が、短期間の再就職までの期間に、「できるだけ失業保険の掛け金の元を取る」ためのものであり、なかなか再就職先を見つけられないような社会的弱者に対する配慮が欠けているという批判も出ていた。
こうした議論がこのところさらに熱くなってきている。2007年12月に政府が設置した労働市場委員会が、不足する労働力と福祉を維持するための資金などを検討し、その報告が2008年8月28日に出されることになっていたためである。当初1年半かけて検討されるはずだった課題は、首相の要請に応え急遽今、出されることになったようだ。そこで出された提案は、課税率を上げないで済ますために、早期退職者年金・失業給付金といった福祉手当の受給期間・対象者を減らし、財政を緊縮するというものであった。2008年8月27日のPolitikenによると、今後の福祉支出を捻出していくと年間140億クローナ(約3000億円)が不足するという。労働市場からの早期退職を現行の60歳から62歳に引き上げる、失業給付金の最長受給期間を現在の4年間から短縮するなどの方法で、労働市場に残らせたり、新たに参入させたりして、納税による財源を確保しようというのがその意図である。所得税課税率をこれ以上は上げないという「税ストップ」を実現したばかりの今、何とか別の手で財政を確保しようという意図がみえる。
労働市場委員会の議長を務めた、社会福祉研究センター長のヨアン・スナゴー(Jørgen Søndergaard)によって出された提言は、少し前に議論されていた「失業給付金支給期間を短縮し、代わりに給付額を上げる」というものよりも、さらに一歩進んだ厳しいものであり、期間の短縮は今すぐに行い、さらに支給額の増額は行わないというものだった。こうした緊縮財政によって、10億クローナを捻出し、残りの4億クローナは、疾病給付金や障がい者年金から捻出しようと年末頃にまた新たな議論になるようである。
失業給付金の最長受給期間は、1994年には最長7年であったが、漸次短縮され、現行の政権になった2001年からは4年間であり、変わっていない。この最長給付期間は、ヨーロッパの他国と比較してかなり長く、短縮する余地があるというのが議論である。ベルギーは最長給付期間の規定がなく、アイスランドが5年間となっているが、それ以外はノルウェーも2年、スウェーデン・ドイツなども軒並み1年程度であるようだ。しかし、こうした受給条件を強化しても、14,000人の失業者のうち、たった5000人程度が揺り動かすことにならず、実際にこの政策によって職に就く(ことができる)者はせいぜい3000人、1000人が何らかの教育課程に入って奨学金を受給、あと1000人は疾病給付や生活保護といった他の公的支援に頼ることになるだろうと見込みさえ出ている(2008年8月28日、Politiken)。
またSP協定と呼ばれる、補助的年金の強制加入制度も再導入が検討されている。SPは「特別年金積み立て」の略で、動労者が給料の1%を年金として強制的に納め、65歳を過ぎての退職後の生活の将来的な蓄えとするというものである。これにより政府は50億クローナの公的支出を抑えることを狙っている。SP協定は、1997年に一度導入されたが、2004年に留保・凍結されそのままになっていた。これを年度末の留保期限切れを機に延長せずに再導入するというのが政府の提案である。この強制積み立て制度は、個人消費を控えさせるのみならず、裏を読めば、今後の公的年金が不十分になることを前提として拡充策に走っていると見られ、反対されるべきものである。消費者の購買行動を停滞させるとして非常に評判が悪く、金融機関の利益団体である財政諮問委員会も、SP協定は完全に廃止せよと求め続けている他、200の企業から成る保険と年金協会も、SP協定は経済の低下を加速させると批判的である。テレビ局DRによると、野党の社会民主党、社会人民党に加えて、デンマーク国民党も含めた過半数がSP協定に反対であると報じており(2008年9月8日)、成立は危ぶまれる方向になってきた。
デンマーク国民党は、移民排斥の党として知られるが、実は福祉給付には非常に前向きであり、高齢者や低学歴(つまりは低収入の職の従事者)に多くの支持者を抱えている。政策を通すためには過半数を構成する必要があり、こうして党によって異なる立場からの賛否は連立政権にとっては命取りになる。今回の提案には、閣外協力をしているデンマーク国民党が厳しいノーを突きつけ、そのため過半数を確保することで法案の不成立を狙う野党の社会民主党と社会人民党がデンマーク国民党に協力を持ちかけている。今のところ、彼らは野党と手を組む方には行かずに、与党政府に自分たちの言い分を聞いてもらい、妥協に持っていく思惑のようである。
上記の、労働市場委員会は、失業給付金の最長受給期間を個々人の経済的な状況によって決定することも提案しており、普遍主義に支えられてきた福祉国家のスローガンが変質しようとしていることが見て取れる。恵まれないものに向けた「慈善」としての福祉から、労働市場に参画しているといった条件によらず、誰もに与えられた「権利」として普遍主義に基づいてきたデンマークの福祉政策は、改革の名の下に削減されていく傾向だ。7年間近く好況に踊らされてきたところで、最盛期は過ぎ、「これでパーティは終わり」と冷や水を浴びさせられる状況になっている。2009年の国庫財政予算案が出たところだが、その鍵を握る財務大臣のラース・ルッケ・ラスムッセン(Lars Løkke Rasmussen)は、先日の予算案提示の際に、若い頃はボーイスカウトにいたと述べ、デンマークの経済を、「数年間燃え続けてきた焚き火のようなものだ」と喩え、「煙高く上げる炎は消えたところだが、燻っている火がまだ中に残っている。これをそのまま吹き消すか、森に行って薪を取ってきて、後で焚き火でご飯を作るようにするかどちらを選ぶかだ。」と述べ、今手を打って今後も「燃え続ける」手筈をつけることの必要性を強調している(2008年8月27日、Politiken)。
政策に翻弄される市民の反撃は、さまざまな形で顕在化してきているが、それも今後の経済の状況次第では自重される流れになるかもしれない。高額納税者の所得税軽減という形でもたらされた緊縮財政を、失業者、年金生活者といった社会的弱者が受ける福祉の削減という形で減らすことは、格差を拡大させることになり、間違った方向であることを忘れてはならない。