2008年07月01日

新米医師を8時間待つか、6万円払ってベテラン医師を呼ぶか

先日まで8週間以上も続いた看護師のストライキでは、40万件近くの治療や手術がキャンセルされた。デンマークでは自由選択という名の下に、2007年10月以来、国からの待機期間保障で1ヶ月を超えた場合には民間病院、一部外国の病院での治療を公費で受けられることになっているため(医療費無料の現実と民間健康保険人気という歪み 参照)、ストライキの期間中にはさらに民間病院が隆盛し、国庫の資金と同時に公的医療システムそのものを揺るがす事態につながりつつあった。ストライキの終結後早々に、その長期化の影響から、財政大臣がこの最大1ヶ月間という待機期間保証制度を一年間凍結する宣言をし、今は、長期間の待機期間は当然のものとなった。その結果、民間病院に照会される患者の数は圧倒的に減ったというが、民間病院の助けなしにはとても捌けない数の患者が待っているため、症状の重い患者から優先して、協力し治療に当たろうという合意がされた(2008年6月25日、Politiken)

さらに、民間病院といえば、2008年8月1日には、デンマーク初の「民間」救急医療センターがオープンすることになっており、これによって医療・健康等の資源さえも、もてる者ともたざる者の差によって変わってくることが話題になっている。事故や緊急の際にかかる救急医療センターは、通常の医療と同じように無料であり、夜間・休日を問わず、診察してもらうことができる。しかし、その診療待ち時間は相当なもので、8時間などというレベルである。さらに、途中で救急車などで運ばれるような交通事故など「派手な」急患が入ると、さらに順番待ちは引き伸ばされる。泣きながら痛みを訴える子どもがいても、自分の順番を譲ったりすることはなく(デンマーク人高齢の女性は、小さな子どもが痛みを訴えているような場でも、人々が順番を譲ったりと思いやる気持ちのない様子にショックを受けていたが)、皆が耐えるようにして待っているのが常である。

しかし、例えば腕の骨が折れた時に、半日待って公立の救急医療センターに行き、経験のない新米医師に診てもらう代わりに、この度できる民間の救急医療センターに行き、2,400kr.(約5-6万円)を支払うことを選べば、20分以内に経験豊富な医師の診療を受けることができるという(2008年5月16日、Nyhedsavisen)。社会民主党、社会人民党、統一リストの左派勢力は、医療セクターへの民間の進出を非常に懸念しているようだ。日本でも、福祉・介護領域に民間が参入して歪みを生み出したコムスンの例も記憶に新しいところであるが、医療・福祉といった社会保険が保証する領域への民間参入は簡単ではない問題を孕んでいる。

国民健康研究所の健康システム研究者である、マーティン・ストランドベア-ラーセン(Martin Strandberg-Larsen)は、とくに会社を通じて民間の健康保険に加入している人々(だけ)が、こうした民間救急センターを利用することができる事情があり、これは裏を返すと、失業者、若者、高齢者、公的セクターで働く者などに同じ可能性を与えられていないことが問題であり、民間が医療セクターに入ること自体、国民健康法の「誰もが気軽に公平に医療を受けられる原則」に矛盾していると指摘している。健康大臣のヤコブ・アクセル・ニールセン(Jakob Axel Nielsen)は、民間救急医療センターの開業によって医療セクターへの公平なアクセスを阻害することは自分たちの望んでいることではないと強調しつつ、「これまでにも民間のオルタナティブが公共の効率性を引き上げてくる事例を見てきた」と説明し、公的セクターも民間を通じて学び効率を上げる可能性があることを強調している。

実際、公立の病院の労働環境はあまりに条件が悪く、ストレスフルな職場であり、現在看護師の資格を持つ者の多くが週37時間というフルタイムではなく、数時間減らしたパートタイムで働いている。その一方、看護師不足は深刻で、人手が足りないことを理由に、病院の一部が閉鎖されていたりする事態も常態化している。入院していても治療できないという理由で、1996年には10,064床あった病床も2005年には8,082床まで減らされている。人手が足りなく医師や看護師が忙しいとどうなるか、想像はつくだろう。誤診や医療ミスが生じやすくなり、医療ミスで病状が深刻化したり、次の治療を待つ待機期間中に症状が悪化して、完治不能になったりするケースもしばしば聞かれる。公共機関では医療費が無料である以上、治療ミスに対して補償が受けられるのかと疑問に思われるかもしれない。長期化する待機期間によって治療不可能になり、亡くなるケースなどが新聞で多く紹介されるようになり、補償の問題も指摘され始めた。

基本的に、デンマークでは公の処置に対しては、患者保険という不服申し立て機関が存在しており、治療ミスなどがあった際にも申し立てられるところが存在する。しかし、実際に機能しているのかというと、症状が悪化したなどでは十分ではなく、死亡して初めて補償金が出る、あるいは、明らかに悲惨なケースでの補償がされず、別のケースではされるなどその判断の基準が流動的であることが指摘されている。特に癌患者の場合には、放射線治療、化学療法など数々の治療を受けることになるが、この待機期間が長期化することによって、完治不能になり亡くなる場合が多いが、癌治療を理由として補償金を請求した案件は10件に9件が棄却される状況であり、「癌との闘い」協会の会長アーネ・ローリヘド(Arne Rolighed)は改善を求めている(2008年5月25日、Politiken)。自由党、社会民主党、社会党は、患者の権利保障について改善を提案しており、国会でも夏休み明けにも議論されることが決まっている。

上記のPolitikenの記事の補償を受けられなかったケースを紹介しよう。2006年6月28日に食道癌で別の病院へ照会されたある患者は、治療をすぐに受けることができず、家族が早期治療を求めて7月13日になって他の病院へ資料を送る手配がされる。家族の再三の督促後、8月1日にようやく初めて病院での診療となり、8月14日の化学療法、9月28日の放射線治療が予約される。8月14日に化学療法を行われるが、9月8日のスキャンの結果、癌が増殖し、放射線治療がもはや不可能なことが判明。10月16日には化学療法がもはや効果ないとされ、実験的な治療を薦められる。結果、翌年8月2日に患者は死亡、さらに8月24日には補償の請求が棄却されている。

2008年4月にも、ユトランド半島のリンクーピングの病院の前で助けを求めつつも結局治療を受けることができず亡くなったドイツ人の例があり、外国語での緊急対応を含めて問題になった(2008年4月20日、Nyhedsavisen)。これは、呼吸困難になった妻を医者に見せようと病院へ車を運転してきた男性が、病院の中に入ることさえできず、しばらくして何とか看護師と話をすることができたが、そこで緊急ではないと判断され、“1時間半後に医者が来るが、「緊急相談医師」に連絡するように”と簡単にあしらわれ、最終的に医者が来たときには妻はすでに呼吸停止しており、亡くなったという事例だ。デンマークでは緊急事態の時には112番に電話をし救急車を呼ぶが、通常は救急医療センターへ行くことになり、救急医療センターが併設されているとも限らない普通の病院へ直接駆けつけることはない。また看護師が指示したように、「緊急相談医師」に電話をし、処置の仕方を聞いたり、薬局で買う薬を指定してもらうといった対応もあるが、このドイツ人の場合には外国人ということもあり、この相談の仕方も知らなかった上、病院に直接駆けつけるという通常通りではない対応だったことが裏目に出た。警察は調査の結果、病院側の対応に過失がなかったと責任を問わない決定を出したところだ(2008年7月2日、Metroxpress)。

医者不足・看護師不足が病院・病床数を減少させ、治療にかかれる患者を減らすことで、病状を悪化させたり、死亡にまで至る悪循環を招いているのがわかるだろう。こうした悪評ばかり聞いていると、民間病院や民間救急医療センターの臨機応変とした対応が、生産性を高めるとともに、競争原理から公立病院の効率性を上げるという論理も一理あるようにも思われる。しかし、そのためにはまず、公立病院で働く医師・看護師の労働環境を整え、その囲い込みと流出防止に専心しなければ、医療従事者がより条件のいい民間病院へと移って(8週間のストがもたらした成果と禍根 参照)いき、公的医療システム全体を崩壊させることにもつながるであろうことは疑いない。英語には、“Welfare for the poor is poor welfare”という言い回しがあるようだが、「貧しいものへの福祉は粗末な福祉」を当然とする市場原理を導入することは、福祉国家の前提をも突き崩すことになりうる。こうしたところからも、看護師たちのストライキは民間並みの給与の保障や労働条件の調整が求められていたが、その結末は前回書いたとおりである。東京大学医科学研究所の上昌広氏のJMMによると日本の医師数も人口10万人に対して約200人というから、これだけ騒ぎになっているデンマークの357人よりもさらに深刻な状況であることとなる。これを週80時間近くにも及ぶ労働で乗り切っているというから、ため息をついたり感心したりというところだが、デンマークでのこうした議論が示唆に富むだろう。

2002年以来、デンマーク政府は社員の民間医療保険を税金から控除する政策を打ち出して展開しているが、これが市場原理の導入を促進し、貧富の格差を生み出している(さらにいえば、多くの場合、貧富の格差は教育程度にも比例している)ことを認識し、民間と公共の医療の住み分け、あるいは共存について真剣に考える必要に迫られているといえるだろう。8月1日からの民間救急医療センターの対応にも注目していきたい。
posted by Denjapaner at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 医療問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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