デンマーク看護師協会の代表コニー・クルコー(Connie Kruckow)と、医療制度を管轄している広域連合の会長であるベント・ハンセン(Bent Hansen)とが折衝案を求めて会談を開いたが、結局のところ話し合いは譲り合いなく決裂し、会談のあとも合意まで数日を要した。「ストライキ用のプール金は7億クローナある」と強気だった看護師協会も、8週間と長期に亘るストライキについに資金の底がつき、早期の解決が望まれていたところで、ようやく決着したことになる。ベースアップ12,8%の約束を15%にするための戦いだったわけだが、最終的な合意はほんのわずかの上昇、13,3%であった。それでも、看護師たちはこれで平常に戻れるということで安堵しているようであり、これまでの溜まった仕事を片付けることに専心しなければならない。
リーダーたちの合意は、これから6月25日に改めて組合員の間で投票によって、賛否を問われることになるが、いずれにしても賛成票で固まるだろうというのが大勢の見方だ。さらに、看護師たちは、再びなくなった組合のストライキ貯蓄金を埋め合わせるために、通常の組合費に加えて、月に375kr.づつを半年間払うことになっており、たった0,5%の昇給しか勝ち取れなかったことは、個々の看護師にとってはストライキのために支払った額と勝ち取った額を考えると、12年4ヶ月働かないとペイしないとユランス・ポステンの試算(2008年6月18日、Politiken)は示しており、単純に賃金面で言うとストライキが成果を挙げたとはいいにくいようだ。今後も働き続ける若い世代のためには良かったかもしれないが、今後12年も働く予定のない年配の世代にとっては「払い損」となったことになる。
なぜここまで看護師たちが一生懸命になって15%ものベースアップを要求していたのかは、以前の記事、第3波女性運動としての意味を持つ賃上げ交渉 で詳しく述べたが、今回の「平等な給料」というスローガンは、1.男女間賃金格差の問題(同じ看護師の男性女性で給与は変わらないが、看護師や介護福祉士、保育士など、女性のしめる割合の高い職の給料が、エンジニアなど男性の占める職の給料に比べて低いため、結果として、男性がより多くの給料を手にしている現実がある)2.同レベルの職業教育の給料格差の問題(資格を取って職業に専門職として就業するまでに、同じ教育期間を要する場合も、給料に格差がある)、3.公立と民間の格差の問題(とくに看護師の場合には、公立の労働条件は民間医院に比べて格段に条件が悪い)を総合しての掛け声であった。
新任として公立病院・施設で働く看護師の月給は、平均して23,953kr.(納税前、各種手当なし)であり、それに比べて市役所などの事務で働く者は25,187kr.であるという。時給に直すと、公立病院の看護師が年金への積み立てを含めて175kr.稼ぐのに対し、民間病院の看護師は23%多い、227kr.稼ぐ。こうした事情により、30%もの公立病院の看護師が、「とても高い確率で」あるいは「高い確率で」看護師を辞めるか、民間に移ることを検討しているという統計がでていた(デンマーク統計局)。
しかし、デンマークの公立病院の看護師の月給24,000kr.というのは、兄弟国、スウェーデン、フィンランドと比べると少しも惨めなものではなく、スウェーデンでは16,000kr.、フィンランドでは18,000kr.だというから、15%の達成目標は難しいと見られていた。『今日の医療』という雑誌の2008年4月4日の記事によると、医者はあまり共感的ではないということだが、コメントを書いている看護師と結婚している医師は、25年公立病院で働き、3年前に非常勤看護師リーダーに転職した妻の状況がこれまでなかったほどに好転した(週に4日フレックスタイムで働き、給料は30%上昇など)ことを説明し、公立病院で働く看護師の待遇を改善するストライキに共感を示している。
FOAのストライキでは、最終的に介護福祉士は13,91%、介護福祉ヘルパーは13,2%、補助保育士と自宅保育士が13,64%という値を勝ち取り、5月7日に終結している。
リージョンと看護師協会との合意と同時に、FOAの後からストライキに加わってFOAの合意の後もストライキを続けていた、保育士協会BUPLも同じ2008年6月13日に地方行政連合会(KL)と合意した。12,8%から13,2%への上昇での合意であった。ここで合意がされなければ次の週の火曜日からのロックアウトの警告が出されており、決行されれば一日につき4000万クローナ(9億円程度)の出費を余儀なくされるところであったため、BUPLにとっても最終的にやむにやまれぬ決断の時だった。また、子どもを持つ親たちにとっても、ロックアウトは非常に大きな痛手となるため、ここで決着がついたことは大きな安堵をもたらした。上記のユランス・ポステンの試算では、この保育士たちの得たものと支払った代償は8年3ヶ月の仕事をしてようやくペイするということだ。
公立病院で働く看護師の待遇に世間の議論を向けさせた点、共感を引き起こした点からいうと、昇給の0,5%という数値は大きくないにしても、ストライキの一定の成果と見ることもできる。とくに、若い世代から組合を通じての共闘に感じるところがあったのか、少し前にストライキを終えていたFOAには1年間で7000人もの新組合員、保育士組合のBUPLも同様に1200人の新入会員を獲得したと報道された(2008年6月19日、Politiken)が、これは一般に労働組合からの脱退者が増えている(2007年だけで、LOの統括する17の労働組合から、総計35,000人もの脱退者が出ている。職種別労働組合については、賃上げ闘争のストライキの陰にある労働組合の力 参照)なかで歴然とした違いを見せ付けている。
看護師や保育士たちといった当事者だけではなく、患者、妊婦、保育園に通う子どもたち、老人ホームの高齢者たち、そしてこうしたケアを要する人を抱えた家族を含めたすべての市民にとって、今回のストライキは不自由な思いを感じながら、ようやく乗り越えたものであった。払った代償はかなり大きかったが、政治家たちの介入することなく、最終的解決に至ったことで、労働政策の「デンマーク・モデルが実効性のあるものであることを証明した」と社会民主党党首のヘレ・トーニング・シュミット(Helle Thorning-Schmidt)は6月5日の憲法記念日のスピーチで述べている。国際競争力と経済成長を適えつつ、労働市場の流動性を備えるデンマーク発・フレクシキュリティのモデルは、世界の注目するところとなっているが、長期にわたり膠着状態を続けたストライキを通じても、その強さを見せ付けたようだ。
ストライキが終結した今は、平常に戻ったことに感謝するばかりで、残した禍根についてはそれほど現実味がないが、程なくして医療セクターでの問題が噴出してくることが予想される。労働者の権利の保障と、市民サービスの享受というバランスがうまく取れて初めて、理解と共感の得られる要求となる。サービスという言葉の内容の非常に薄いデンマークだが、仕事の質の向上なくして、賃上げ要求ばかりを出すようであってはならないだろう。看護師協会、保育士組合BUPLともに、程なく6月25日の組合での投票で再びストライキに入るか、最終合意にいたるかが決定される。